『相良宏歌集』を読了。目に留まった歌を引いておきます。
・声和して聖歌合唱は流るるともひとり苦しみて君は死にしを
・医療器具の棚のガラスに頭かかへ気胸さるるわが裸身映りぬ
・夜更ひそかに胸の水をかへくれし看護婦の去る幼き靴音
・気胸が効いてゐないと君の囁きに罪びとの如くうなだれてゐつ
・わが胸より黄に澄む水を採りてゐる君の指先はいたく荒れたり
・おとがひに辞書をあてつつ書見器に向へる君のほそきラッセル
・なべてわが怯儒に因りし苦しみを汝が咎なりし如く責めしか
・神在りや否やは知らず夜々祈る慣ひは声立たずなりし頃より
・囁きは祈りに似つつ夜をこめて苦しむ君に凭れる少女子
・解雇者に告げし掲示の板古りて抵抗なき結核研究所在り
・投薬を制限せよといふ司令貼られし見つつ血を採られゐる
・医療給付断たれて退所する我の白き幌掛けしリヤカーに乗る
・感情に抗ふごとく声やさし空きしベッドより脚垂れながら
・告げやらむ嘆きにあらず灯の下に浮腫もつ足の甲押してゐる
・スカートの窪みに白き手を重ね傷ましき過去を言ひいでむとす
・わが坐るベッドを撫づる長き指告げ給ふ勿れ過ぎにしことは
・しばしばも脈細くなる冬一日読みつぐ表紙古びしチエホフ
・無学なる僻みに君を嘲りきかなしき口をすぼめゐしかな
・膝に載せし厚き楽譜を机とし萎えはてしわが思ひ曝さむ
・アジビラに老いし下足の佇つ傍へ或る表情に婦長過ぎゆく
・愛し得ぬ者を労る語調にて佇てり採血を待てるわが前
・読みゆきて会話が君の声となる本をとざしつ臥す胸の上
・亡き人の如く羞らふ母君の歌読む卓は雪明りせり
・小心に君を愛せし二人にて雪融の窓に遺稿編むなり
・告げ合へぬ苦しみに卓に凭る後ろ君は鋭くカーテンよせつ
・わが像のうすれし過程ありありと遺作を写す冬の終りの日々
・濃緑の卓布の総を取り撫でて兆さむとする怒りを支ふ
・夕餉まつしばしの心しづかにて溲瓶に被せむ冠を折る
・静脈に長く入りたる針重し我より医師の声あらくして
・弁明をすべきか否かしばしなる起座に乾きし髪好きてゐる
・味噌汁にぬれたる髪を拭きながらいつ迄も生きる如く思ひき
・我がために賈ひ来し本を貶されし弟は背を曲げていでゆく
・罪ふかく病むわがききぬ夜の坂をふみしめくだる父の靴音
・許し乞ひくづるる髪の匂ひたるかの日の夢を今は信ぜむ
・ぺかぺかとたなごの頰の夕焼くる仰ぎて心あつめむと居り
・灯ともして独り苦しむ蚊帳外に真青きたなご走りあふなり
・病む者を生き得ぬ迄に追ひつむる人らは常に道義を説けり
・人の子を一日我が子とする隣朝ひとしきりオルガン鳴りぬ
・ナウレルは死すともと叫ぶ録音の茶番の如し銃声ののち
・枕辺に黒き麻薬を調へて堪へられるだけは咳に堪へむとす
・苦しみの途切れに兆す悔在りて雨の中より発車音きこゆ
・福祉司をいたく怖れて言ひしこともあはれ幾ばくか理解されゐむ
・亢りのしらじらとセル夜半にして遠き路面に車輪きりしつ
・ながらへて脆き前歯を欠かしめし白桃の核を側卓に置く
・人に負ひし人を責め来し吾が過去を思ふ夕餉に苦しみながら
・声和して聖歌合唱は流るるともひとり苦しみて君は死にしを
・医療器具の棚のガラスに頭かかへ気胸さるるわが裸身映りぬ
・夜更ひそかに胸の水をかへくれし看護婦の去る幼き靴音
・気胸が効いてゐないと君の囁きに罪びとの如くうなだれてゐつ
・わが胸より黄に澄む水を採りてゐる君の指先はいたく荒れたり
・おとがひに辞書をあてつつ書見器に向へる君のほそきラッセル
・なべてわが怯儒に因りし苦しみを汝が咎なりし如く責めしか
・神在りや否やは知らず夜々祈る慣ひは声立たずなりし頃より
・囁きは祈りに似つつ夜をこめて苦しむ君に凭れる少女子
・解雇者に告げし掲示の板古りて抵抗なき結核研究所在り
・投薬を制限せよといふ司令貼られし見つつ血を採られゐる
・医療給付断たれて退所する我の白き幌掛けしリヤカーに乗る
・感情に抗ふごとく声やさし空きしベッドより脚垂れながら
・告げやらむ嘆きにあらず灯の下に浮腫もつ足の甲押してゐる
・スカートの窪みに白き手を重ね傷ましき過去を言ひいでむとす
・わが坐るベッドを撫づる長き指告げ給ふ勿れ過ぎにしことは
・しばしばも脈細くなる冬一日読みつぐ表紙古びしチエホフ
・無学なる僻みに君を嘲りきかなしき口をすぼめゐしかな
・膝に載せし厚き楽譜を机とし萎えはてしわが思ひ曝さむ
・アジビラに老いし下足の佇つ傍へ或る表情に婦長過ぎゆく
・愛し得ぬ者を労る語調にて佇てり採血を待てるわが前
・読みゆきて会話が君の声となる本をとざしつ臥す胸の上
・亡き人の如く羞らふ母君の歌読む卓は雪明りせり
・小心に君を愛せし二人にて雪融の窓に遺稿編むなり
・告げ合へぬ苦しみに卓に凭る後ろ君は鋭くカーテンよせつ
・わが像のうすれし過程ありありと遺作を写す冬の終りの日々
・濃緑の卓布の総を取り撫でて兆さむとする怒りを支ふ
・夕餉まつしばしの心しづかにて溲瓶に被せむ冠を折る
・静脈に長く入りたる針重し我より医師の声あらくして
・弁明をすべきか否かしばしなる起座に乾きし髪好きてゐる
・味噌汁にぬれたる髪を拭きながらいつ迄も生きる如く思ひき
・我がために賈ひ来し本を貶されし弟は背を曲げていでゆく
・罪ふかく病むわがききぬ夜の坂をふみしめくだる父の靴音
・許し乞ひくづるる髪の匂ひたるかの日の夢を今は信ぜむ
・ぺかぺかとたなごの頰の夕焼くる仰ぎて心あつめむと居り
・灯ともして独り苦しむ蚊帳外に真青きたなご走りあふなり
・病む者を生き得ぬ迄に追ひつむる人らは常に道義を説けり
・人の子を一日我が子とする隣朝ひとしきりオルガン鳴りぬ
・ナウレルは死すともと叫ぶ録音の茶番の如し銃声ののち
・枕辺に黒き麻薬を調へて堪へられるだけは咳に堪へむとす
・苦しみの途切れに兆す悔在りて雨の中より発車音きこゆ
・福祉司をいたく怖れて言ひしこともあはれ幾ばくか理解されゐむ
・亢りのしらじらとセル夜半にして遠き路面に車輪きりしつ
・ながらへて脆き前歯を欠かしめし白桃の核を側卓に置く
・人に負ひし人を責め来し吾が過去を思ふ夕餉に苦しみながら