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『さすらひ』より

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尾山篤二郎の歌集『さすらひ』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・総(すべ)てわが生命(いのち)、わが糧、神よこゝの原は、おもむろに秋となりはてにけり
・なにかえわかず、たゞ大(おほい)なる憧れのせまるがゆゑに跪づくなり
・身をおしすゑ、祈る心を誰(た)ぞしらむ草枯るる野の眼路(めぢ)のさびしさ
・朝夕の祈禱(いのり)も秋をおぼゆらむいのりの席(むしろ)こひしかりけり
・ニコライの鐘もしみじみ身にしみてきけばなづかしわが仮の宿

・いかにさびしく、見えまさるらむ旅すがた肩の嚢(ふくろ)にいれしバイブル
・いま一夜(ひとよ)経なばなむぢのかへり来むこの一夜(ひとよ)われに神も添へかし
・聖マリアの面ざしもさりながら汝(な)がやはらかき笑みの淋しかりけり
・見入れば瞳、かすかにひらきまたとぢぬこのしばし神われらに添へる
・落葉(おちば)よ、やよ、なれの生命(いのち)のたふとさは神しるべしやただ吾のみぞ

・うれしくも軽(かろ)きこころを浮かばせつただよふがごと身を杖によす
・傷むべき片輪とつげて過ぎゆけるちまたの風にほほゑまれぬる
・霧ふかき都の村の教会の灯かとまどはれさびしき町かな
・『こはイヱスの血、イヱスの肉』杯をあげつひとりつぶやく
・活字が語る言葉げにこそ不思議なり、幾度かまどひつつやがて信ぜり

・二人の恋は時がなせし悪戯(あくぎ)の一つなり、われに生命(いのち)を与へしも、隻脚(せききやく)を奪ひしも
・雨を聴け、雨を聴け、この夕べ雨は神よりも重き力を有す
・十年前(ととせまへ)に断(き)りたる脚ふと見ま欲しく、訊ぬれば、あでやかに笑ふ看護婦
・友のベッドにわれ独り臥しまろび、眼をば閉づ、遠き廊下にスリツパの音
・ぎしりと肉を切るメスの音、芝草を踏めばけざやかにわがおもふこと
*「ぎしり」に傍点  
・深き夜の月のうすらに長廊下看護婦(みとりめ)の娘をみるはさびしも
・若き生命(いのち)顫(ふる)はせ笑ふ三人の白き衣の娘にあへるかな
・原をよぎるとき大(おほひ)なる呼吸(いき)をせり、再びなし難きもののごとく
・祝福あれと、戸をいでがてにつぶやきぬ樹立(こだち)を青く瓦斯(がす)のとぼれる

今はさらに買わなくなった…

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間を置かず CD発売する歌手に
掌あわせ 財布も閉じる
(とど)

2010年3月25日 作歌。

『苔径集』より

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吉野秀雄の歌集『苔径集』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・寒き夜の臥所に就かむときのまは祈るがごとくこころかしこむ
・大晦日ふけて新年(にひとし)の来むころに催眠薬をふたたびのみつ
・熱ありてねむれぬわれは仕方なく妄想(まうざう)をたどり夜明を待たむ
・くるしみて朝を待ちつつ気がつけばこのわたりには鳴く鶏(かけ)もなし
・臥(こや)りつつ書棚を見れば買ひしまま忘れ過ぎたる本もあるなり

・きさらぎの寒き朝けに五体よりつめたき汗はにじみながらふ
・健やけき人に告ぐべきことならね二十数日ほとんど眠らず
・二時すぐるもねむりならねばあきらめて朝を待たむとこころ定めつ
・葱を食ひ固き枕を用ひよと人のをしふるはただにまなばむ
・手にとらで経(ふ)る日もあれど枕べにあまた書(しょ)どもを積みおくわれは

・病む妻の離被架(りひか)に靠(もた)れつかのまをわれは居眠るはかなくもあるか
・痰しつつ文字教ふるを幼児(をさなご)はゆくすゑしのぶ折もあらむか
・しが母に叱られしかば女(め)の童(わらは)わが枕べにすわり黙居(もだを)り
・つくづくと生くらくかなし春山のたをりにしてや草に痰吐く
・このあしたニコライ寺の古壁に春の雨風ふきつけてをり

・火宅(ひのいへ)と誰(た)がいひそめし人の世はうべかなしみの絶えざりにけり

『天平雲』より

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前川佐美雄の歌集『天平雲』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・明日の日をこひ祈(の)むわれが心とも渚にひかるさざれ石ひとつ
・うかららは吾(あ)を目守(まも)るかも家族(うから)らのなかに起きふし狂人(きちがひ)ならね
・たぐひなき夢うしなはず生きをりと証(あかし)だにせずば神も知らじな
・天たかく百(もも)どりこもり鳴くときしひじりならざる涙もつたふ
・聖(ひじり)さへなげきたりにしをみな子の幾十人をわれはともとす

・かたつむり枝を這ひゐる雨の日はわがこころ神のごとくに弱き
・朝覚めて先(ま)づ鳴りわたる楽(がく)の音(ね)を天(あめ)のものともおもふ露けさ
・この夕べこほろぎの啼く草むらがあなひとしほに暗ききはまり
・こころざし低からねども或る日には雲の下ゆく雲が苦しも
・われをだに屋根のある下に棲(を)らしめて物食(は)ましむる人の世の恵

・こころざし低き日のわれと嘆くだに冬庭の青き苔にしも恥づ
・人はみな遅れざらむと急ぎけりこの道のほとり秋のすみれ咲き
・胸ぐらをとりてし叱るその親としからるる子と二つかなしき
・気ちがひになりてしまへる人の身と水のながれと冬ふたつ寒き
・天地(あめつち)のかぎりを知らえぬさきはひを語るあしたや花ひらくあやめ

・いかならむ罪につながるわが身かと理由(ゆゑよし)もなく心をののく
・みづからを足蹴にせむはたやすけど足蹴になして何なぐさまむ
・よき友の誰それとかも指をりてこの世ながらの深きさきはひ
・今の世の魂(たま)ひくきどちを蔑みてかくれ住まふもあはれ慰まず
・多勢をばたのみとなせる弱きらが何におびゆるそのおびえごゑ

・民われの畏れをののく過ぎし日のゆるされがたき深き罪ひとつ
・われをかも無みせむとするおほよその魂(たま)低きらが空(むな)さわぐこゑ
・いくたりか身近にひとら死にゆきて声もこそせねわれをささふる
・つぐのひを如何にかもせむつぐのひの藁縄(わらなは)一つ綯(な)ひがてなくに
・戦(たたかひ)の夏まためぐり来(きた)れりといきほふときぞ眼をすずします

『群鶏』より

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宮柊二の歌集『群鶏』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・切支丹殉教の事一日(ひとひ)調べて疲るれば暗き畳に臥しまろびをり
・告解を励みなさねば信仰(ひいです)の躓きの種子とならむとぞある
・みそかごと犯せし眼にはいろ燃えて五月かなしき青葉のひかり
・幼かる記憶にありしあることが何のはずみにかわれを傷むる
・眠らねばならぬこころに憊(つか)れゆきさびしくぞ気づく瞼の痙攣(ふるひ)を

・膝抱きて孤(ひとり)のおもひにふけるとき厨辺(くりやべ)に弟(おと)の叱らるるこゑ
・厨辺に末の弟(おとと)を叱りつつ母老いましてとりとめもなし
・汚れし記憶思ひ出でて立ち上りぬいたくひそまりし昼の時間に
・説き倦みて空しくなれり人の頬にながるる涙を慍(いか)らむとすも
・やりどなき一人の慍(いかり)の遂にさびし去(い)なしめし人は病みつつ肥えたり

・うち過ぐる日日を思へばニコライの禱るごとき鐘よ雨に鳴りつつ
・主の召(めし)に靖(やす)けくあらなむ希ひもち生き生きし人ぞ臨終(いまは)に乱れぬ
・主の召の「時」至りつつ生き度しと訴へ哭きて身を顫(ふる)はせぬ
・いやはての極みに至り子を偲(しぬ)び涙流しし親尊しも
・聖かりし人の一生(ひとよ)を偲(しぬ)ぶさへわが生きの上(へ)に光さすごと

・揺りひびく鐘の音聴けばこの宵を神頌(たた)へつつ人等群れゐむ
・降誕祭今宵か空に鐘鳴るを戦ひにたちし君の聴く無し
・材木の雨に濡るるを見て曲りこの夜荘厳(しやうごん)のニコライ寺(てら)の空
・ほのぼのと己が童(わらべ)に触るる手の何かかなしき表情をせり
・怺(こら)へたるをさな子の顔ひきしまり叱る母をば喰ひ入るごと見る

・ののしられ歪みゐし顔のくづれ来ついかに切なきやその涙見れば
・ほろりと伝ひしものを見せしよりその幼顔上ぐるとはせず
・閃ける追憶(おもひ)のごとく夕映えは西向く部屋に隈もなく差す
・酔ひ酔ひて足袋も脱がずて寝(ぬ)る前のもろくはなりて何言ひしぞも
・人の家を明暗(あけぐれ)尋(と)めてもとほりしわが悲しみも告白(あか)すことなけむ

・疲れに目闇(くら)むときは心直く額伏せて祈るごとき恰好(さま)をなすかな
・幅持てる西楽(せいがく)が空に響きつつ坂登りきて吾(あ)は泪ぐむ
・露けかる花鬻(ひさ)ぎつつ灯を明くこの街角に店なせる人
・くさぐさの車馬足音(しやばそくおん)の寄り来り岐(わか)れ過ぎゆくこの街角に

『埃吹く街』より

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近藤芳美の歌集『埃吹く街』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・おのづから媚ぶる心は唯笑みて今日も交はり図面を引きぬ
・つらなりてあかり灯れる陸橋を歩める中に義足踏む音
・癖となりし朝の頭痛の癒ゆる待ち癒えたるあとに体は冷ゆる
・妻のため注射針煮る電熱器しばらくあればいたく輝く
・焼けし樹に饑(うゑ)うつたふるビラを貼る白じらとして雨いたる街

・幾度かに地平の雲の色移り実験衣脱ぐ一人なる部屋
・聖ルカ病院の窓ことごとく灯りつつ雨に昏れ行く街の上にあり
・一人うつヴイタミン注射ひえびえと畳にたるる夜ふかくして
・昼を打つ銀座教会の塔の鐘舗道の上にただにひびきぬ
・疑ひをうたがひとして死に行きし若きいのちらに継ぐ命あれ

・戦争は又あらざらむ片言にまつはりて行く幼きものよ
・聖書など持ち込みて来る妻のへに癖となりつつうつぶせに寝る
・起き出でて農家のものを縫へる妻朝けの雨に鐘ひびきつつ
・幾日かかり数式を作り居る友は虫眼鏡にて計算尺を読む
・休一日本を売り又本を買はむ生活を清しとも思はねど

・襖なければ互ひに壁のかげに寝る裸になりて薬塗る父
・いつよりか露を結べる床の上クリスマスの樹ホールに灯る
・一日を炬燵に伏して居し父のいたはる母に声をあららぐ
・故障せる電車を降りし人ごみに咳き止まず居る父に会ひたり
・誠実に生きむとしたる狭き四囲技術家なれば生きる道ありき

・会ひて唯たのしかりしをさまざまに誤解され行く吾らのことば
・意志なくて共にしたりし行動の惨めになりてつき歩みける
・髪白き妻の事ふる清き書斎時は此の人をも忘れむとする
・守るべきつづまりに無し其の時どき迫る勢ひに反撥しつつ
・諍ひしあとを互ひに寝る家族小さき地震を弟は言ふ

・くりかへし音階を習ふヴアイオリンはかなき事に怒り合ひつつ
・昼の休み来りし汝とともなへり汝の日傘を吾はさげつつ
・言訳けの如き自嘲はあるままに彼らの側に分類されむ
・さげすみの怒りに移る一人のときたれも反動と呼ばれたくなく
・たはやすく諦めによる心をば君にまねびて杜甫を読まむとす

・帰り来て踏まれし靴を拭くときに吾が背に妻はいだかむとする
・何もなき畳の上に弟は手拭ひを眼にまきて早く寝る

『冬暦』より

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木俣修の歌集『冬暦(とうれき)』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・混迷のなかに佇ちつついくばくか偽悪者めきて行ひしのみ
・背の骨のまがるまでの荷を負ひあゆみ祈りすらなし没日(いりひ)のなかに
・地平の果もわが佇つ丘もさばかるるもののごと鎮み冬の落日
・骨だつは頬(ほほ)のみならず日のくらし夜のおもひの乾びゆくとき
・神々の沼(ぬ)の水を汲む浮彫(レリーフ)がかぎりなくやさし寒き灯のもと

・のちの世のさばきを待てといふ言葉木枯のこゑのごともわびしも
・板敷に身をこすりつけきざし来るものを虐ぐとその獄にして
・獄中記のなかに狂ほしく日のひかり恋ふところありてわがおもひ沁む
・いくたりの人は訪ひ来てかそかなるわれをこころむきのふもけふも
・無垢の日の思ひぞかへれ冷えこごる柊のはなにほふこの道

・地の果をひらめき過がふ雲すらも迫む如(な)すけふを生くるおもひに
・枯れ伏しし草なかにいくつ十字架(クルス)光(て)ればこころゆらぎて墓地添ひのみち
・いくたびか時雨のあめに洗はれて氷(ひ)のごとく冴ゆる苑の砂石
・海外のともをすくへとなほ叫ぶ時雨るる街の夕くらがりに
・留置場を破りしものら潜めつつ時雨はくだる暗き夜のまち

・硝子なき冬の教室幼ならは素首も寒く音読をなす
・少年の掏摸(スリ)がひかれゆきし騒ぎなどつかの間にして市(いち)のひとごみ
・無為のごと黙(つぐ)みてのみにけふありて明日さへひらくおもひともなし
・骨肉をわけたるもののすさまじきあらがひすらもきかねばならぬ
・冬の日が審判(さばき)のごとも頽(くづ)れたる家の礎石にま澄むひととき

・片隅の古典のうへにたまりたる塵を吹きなどしつつ冬の日
・そぐはざる服着くるごとさびしみて直訳の文字をけふたどるかも
・忘却のかなたにありと応へつつまざと苦しみをしめすその貌
・峻烈の言葉にひそむふくみなど思ふも果敢(はか)なと言ふこゑぞする
・おもひなほ古きに執(つ)きてゆくごときあやふさのなかにけふもたゆたふ

・憎しみをあらはに出さぬにくしみの言葉用ひて弱きこころよ
・マーシャルの書もヒルティーの書も冬の日背をさらしここの路の上の書肆(しょし)
・黙示如(な)す鴎外の像見て佇ちてひた寒し丘の焼原のみち
・聖処女は鐘ひびくとき身を伏せていのりを捧ぐけふのゆふべも
・幼子は鮭のはらごのひと粒をまなこつむりて呑みくだしたり

・ガダルカナルより生き還り来てネフリュードフのごとき嘆きにただよへる一人
・クリスマスセールの楽は地下道を出で来しときに降るごときこゆ
・諧謔を言ふゆとりすらなきまでに身を構ふこの悲しき人は
・みなし児の寝息ききつつ夜々(よひよひ)にうら若き保姆(ほぼ)は嘆かふらむか
・トロイカに運ばれてゆく囚虜らのなにいのりけん没日(いりひ)のなかに

・けさもわがこころいそぎて外字紙のきびしくも鋭(と)き批判を読みつ
・くらしむきの愚痴におちゆき煉炭の火鉢をかこむ集会果てぬ
・聖書売るをとめが歌ふ讃美歌のこころがなしく春浅きみち
・夜(よ)のわがいのりひそかなるかもいにしへの奉教人(びと)のいのりにも似て
・たたへたる微笑のなかにまじまじとわれを見守る異教の友は

・鞭をうくるごときおもひは生くる日のけふもわが胸をいくたびか過ぐ
・汚れたる記憶をたどるひとときの寒き表情をなにかおほはん
・異国兵しづかに去りて夕日いま墓の十字架(クルス)にあかあかと沁む
・救世(ぐせ)のねがひこの一期にし遂げしめといふこゑは拡大されてきこゆる
・償ひをもとめざるもの幼らをかなしむおもひのみと言ひ切る

・匪となりて生きてあらめと低くいふ陸(くが)の地図ある卓に寄りつつ
・解しがたき一点に真向きいふをとめつつましくして明らかにいふ
・かの島の刑に死せりと伝ふれどそのいやはてのおもひみがたし
・教会のステンドグラス夜のごとき感じに明り梅雨そそぐ町
・箴言を額(ぬか)に刻みてけふも生くひしひしとこの受刑のおもひ

・しらしらしきその告白をききてゐつよりどころなきひとりぞ彼も
・まじまじと焚書のほむら見て佇てりむなしく白きそのほむらはや
・躁狂のしぐさのなかにかぎりなき苦しみを秘むと聞くもかなしも
・傷痕にふるるごとくに思ひ出づ青々と蓖麻(ひま)のしげりし夏よ
・捨てかねる未練をもちて言ふときにたちまちつぶてはわれが背をうつ

・無恥を逐へ無恥を逐へといふこゑきこえ暗き日はなほつづかんとする
・内なる光(インナーライト)をもたぬ民よとあはれみしかのメッセージをいまも胸にす

『薔薇祭』より

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大野誠夫の歌集『薔薇祭』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・降誕祭ちかしとおもふ青の夜曇りしめらひ雪ふりいづる
・クリスマス・ツリーを飾る灯の窓を旅びとのごとく見てとほるなり
・安息(やすらぎ)の歌ごゑきこゆ冬まひる白き階段をしづかに上る
・若葉して涼しき風にころぶせる浮浪者のそば人はゆききす
・息絶えし襤褸のひとを忽ちに事務のごとくに運び去りたり

・にほひなき土にひれ伏し物乞へど冷やかににして人目過ぐらめ
・憐みを強ふるしぐさも身に添ひて襤褸のいのちときのま光る
・こころさへ盲(めしひ)に堕ちてよごれたる体虐げ生きるなりけり
・神さへも見失ひつつ何もなき裸形(らぎやう)をつつむぼろぼろの衣(きぬ)
・隠し持てるパンの破片(かけら)を暗がりに餓(ひも)じき子らの争ふらしも

・いとけなき子らといへども闇賭博盗みさへして荒く生きぬく
・幼きら並びて靴を磨きをり孤りの生きのすべなく勁(つよ)き
・降誕祭の鐘鳴る空は青曇りかすけき幸は胸にきざすか
・過去(すぎこし)のゆめ鳴りいづるヴイオロンをていねいに拭きぬ食に換ふるか
・すべもなくけふは売らなと携へし絃(いと)切れし楽器・仏蘭西革命史など

・自棄(やけ)くそに歌ひまくれる路次のこゑ暗き夜空を雪ふりこぼる
・天使歩む幻覚楽し幼子の土踏みてゆく小さき赤き靴
・一本のペンにて生きむといふ自恃のはかなきまでに夜をふかしつつ
・ジヤズ寒く湧きたつゆふべ堕ち果てしかの天使らも踊りつつあらむ
・洟(はなじる)も手錠も光りゆくみれば神に背きて生けるもの悲し

・罪と知りて犯せしならむ子を負へる女も曳かれゆく風の路
・声低く買へとせまれる闇煙草買はむとしつつためらふは何
・声あげて繩とびあそぶぼろぼろの天使の群にわが歩み寄る
・ジユール・ルナアルの幼かる日の物語身にひびくとき眉曇るらし
・庭隅にひとむらがりの水葉萌ゆ青生なまと罪を意識す

・口ひらけば忽ち人を傷つけぬ沈黙しまた思ひきり悪たれをつく
・聖書読み日々の虚妄に耐へゆくか戦のあとの女身ひとり
・人眠る夜半を眼覚めて念々に罪を企むいきどほりつつ
・諷刺ともなく呟き渡る夜の橋さまよふ羊よそほへる狐
・飛行服売りゆきし彼夜の涯に得し歓楽の悔をつぶやく

・嬰児らを餓ゑしめて次々と死なしめし罪は永遠に消えることなき
・韮食ひて血色のよくなりし子を抱きて眠る臭くして足らふ
・どんなひとにも微笑を湛へ交りしアリヨーシヤ・カラマーゾフのやうに生きたき
・眼を病める友訪ひゆけば一枚の落葉を置きて古びし机
・眠られぬ夜の感情も何か脆く怒りの消えしころに風邪ひく

・幼らも祈りささげて眠るとき富の幸福はくるかとおもふ

『風の日に』より

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中野菊夫の歌集『風の日に』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・いく日か人をにくみてゐたるとき記憶あらたなりサマリヤの井戸
・焼けざりし教会ありてならす鐘日がすみの中に今日はきこゆる
・戦捷(せんしやう)を祈りし鐘の音想ふとき戦争防止祈禱会のビラ
・ライ予防資金募集に映画あり教会近くビラが貼られて
・たたかひを拒否しわれらがゐるときに平和を願ふ祈禱会あり

・螢光燈の下なる茶房唐突にライ園に胸やむ友を訪ひたし
・ライ園より迎への手紙くる春を一つの区ぎりとして訪ひゆかむ
・にくしみを訴ふるもの少くて沖繩よりの手紙も然り
・くり返へし神を説きゐる一団が乗りすてし車に町の子らよる
・うしろより追ひくる如くマイクにて神を信ぜよといふ異国音

・歌うたひ神をたたふる一団にゆき合ひてますますみじめなる宵
・旗かかげ神を信ずる人集ふあたたかく炉に火はたかれゐて
・かがまりて靴のフックをかけてゐる妻に言ひさしてやめしひとこと
・角々に鳴る盲導鈴今日くればぬりかへられて音変るなし
・あたらしき教会堂のかたへすぐ花ぞのなりしこの一区劃

・室(むろ)咲きの花かざられて歌会あり盲(めし)ひなれば歌をよみくれといふ
・手を引かれ入り来し一人座につけば盲(し)ひし横顔を光に向くる
・若葉より若葉におちて音もなく午後よりきたるライ園の雨
・傘たたみ入り来し一人盲(めし)ひなれば杖も揃へて堂に上り来ぬ
・こまごまと園の経理の不正のさまききゐたりもぢずりの花咲ける芝

・全国よりあつまり今日は議すといふライ患者同盟会議あり

一首鑑賞(13):前川佐美雄「声もこそせねわれをささふる」

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いくたりか身近にひとら死にゆきて声もこそせねわれをささふる
前川佐美雄『天平雲』

 前川は特にキリスト教の信仰を持っていたわけではないようだが、『捜神』という歌集も出しており、広い意味では「求道者」のうちに数えられるであろう。故郷の自然の風物の背後にあるものを感じ取りながら、多くの歌を編み出していった。冒頭の歌もそうした系譜に連なるものと言えよう。
 今年度から私の教会では、昇天者を憶えて祈祷を捧げるようになった。私は初めこれをどう受け止めたら良いか分からず、その戸惑いをFEBCラジオの聖書通信講座のメールの中で触れた。すると係の方は、「私たちがこの地上でささげている礼拝は、やがて天でささげる礼拝の先取りです。礼拝の中で昇天者を憶えて祈るということは、単にご遺族への慰めというだけではなく、いえそれ以上に、やがて復活の日にささげる礼拝、その時にはすでに召された方々も復活して共に主イエスを礼拝することを憶える意味があるのではないでしょうか」とお返事くださり、私はその時ようやくストンと腑に落ちたのだった。
 前川のこの歌に似た心情を、かつて牧師を務めたことのある高岡伸作氏も「掌詩」として記している。二編ほど引いておく。

    先に逝った者と
    過ごすことが
    多くなった
    急がなくていい
    温もりのひと刻(とき)

    一人でいると
    ふと傍に
    来てくれている
    彼ら逝きし者の
    穏やかな友情

 最近は私自身も人生の折り返し地点といった年齢になり、以前より自分の先々の見通しが利くようになってきたと感じる。そのこともあるからだろう、いずれ自分も天に召されれば、母教会の時の友達と会えるのだろうかとか、N教会に転入会して間もなくの頃は親しい交わりがありながら後に少し距離ができたまま先に逝かれたNさんと、また話せるのだろうかとか、時折つらつらと考える。そればかりでなく、今まで直接話したことのない信徒や、時代の異なる信仰の先達にも天で顔を合わせ、主を共に礼拝する恵みが与えられていると思うことは、この地上の生活においても大きな慰めである。

一首鑑賞(14):木俣修「箴言を額に刻みてけふも」

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箴言を額(ぬか)に刻みてけふも生くひしひしとこの受刑のおもひ
木俣修『冬暦(とうれき)』

箴言は神様を礎にした格言集である。その言葉は短く印象に残り易く、私達の心に突き刺さってくる。私にとって特に痛い言葉は、怠け者を諭す箇所と口から出る言葉を制御するよう戒める箇所である。それぞれ引いてみよう。

怠け者よ、いつまで横になっているのか。いつ、眠りから起き上がるのか。
しばらく眠り、しばらくまどろみしばらく手をこまぬいて、また横になる。
貧乏は盗賊のように欠乏は盾を持つ者のように襲う。 (箴言6章9~11節)

愚か者の口は破滅を 唇は罠を自分の魂にもたらす。(箴言18章7節)

容赦のない言葉だ。これらの警句が胸にこたえたとしても、簡単に心の奥や振る舞いを改められるほど強くないのが、私達の実情ではないだろうか。
しかし私達には救いがある。「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と仰ったイエスは、十字架刑にかかる前にこのような祈りをしている。 「永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです」(ヨハネによる福音書17章3節)。他ならぬイエスを知ることが、神様の目に適う道そのものであるというのだ。後にイエスの弟子となったパウロは、ローマの信徒への手紙8章33節でこう書いている。「だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。人を義としてくださるのは神なのです。だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。」

木俣はこのイエスによる希望を知らぬまま逝ってしまったのかどうか。だが彼は、こんな歌も遺している。

内なる光(インナーライト)をもたぬ民よとあはれみしかのメッセーヂをいまも胸にす

この歌からは、ペトロの手紙一2章10節が想起される。「かつては神の民ではなかったが、今は神の民であり、憐れみを受けなかったが、今は憐れみを受けている」――内なる光をもたぬ民を<あわれみし>というところに、木俣がイエスにほのかに望みを託している様が現れているように私には思える。

発表の機会を逸したものを。

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亡き父を 見送った歌 小出しにし
ちまちま育てているグリムス
(とど)

2014年11月3日 作歌、2015年8月22日 改作。

今じゃ立場は逆転…(つД`)ノ

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英会話よりはパソコン 習えばと
友に勧めた 吾を詰る母
(とど)

2010年2月9日 作歌、2015年8月23日 改訂。

バーベキューへ行く道々。

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処暑過ぎて 陽射し幾分 やわらぐか
コスモス揺れる 渓谷の道
(とど)

2010年8月30日 作歌。

皿洗いはするが…

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炎天下 帰りてシャワーに直行し
夕餉の並むを 待つ気楽さよ
(とど)

2010年8月27日 作歌、2015年8月29日 改作。

よくまぁ、そんなことが…(-_-#)

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「弟さん、便はね上げる?」と訊く友に
会わせたくなく 祭りを休む
(とど)

2010年3月11日 作歌。

一首鑑賞(15):三浦光世「眠りまた奇しき御業と思ひつつ」

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眠りまた奇(く)しき御業(みわざ)と思ひつつ目つむる時に帰る平安
三浦光世『妻 三浦綾子と生きた四十年』より

眠れることは神様の恵み――眠剤を服用している私にとって、これは日々の実感だ。
三浦光世氏のこの歌の体感は、ご自身のこととしても勿論あったろうが、抗パーキンソン薬の副作用として幻覚幻想の症状が強く発現した妻の綾子さんの晩年を看病しながら、痛切に感じていたことでもあるのだろう。詩編4編9節に「平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かにわたしをここに住まわせてくださるのです 」という御言葉があるが、眠りとは本当にそのようなものだと思う。
不眠に悩まされていた歌人は少なくないようだ。少し引いてみる。

  熱ありてねむれぬわれは仕方なく妄想(まうざう)をたどり夜明を待たむ/吉野秀雄『苔径集』
  二時すぐるもねむりならねばあきらめて朝を待たむとこころ定めつ

  錠剤の切れゆくままにわたくしの夢も解かれてさむき朝なる/永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』
  春あはき日暮れのやうなかなしみに目ざめぬ薬剤の効果も切れて

  はかなごと夢に揺らして明けゆけば声移りつつ遠鳴く烏/さいかち真『浅黄恋ふ』

私の場合、薬剤の効き目が切れて深夜の二時頃にきっぱりと目が冴えてしまうと要注意である。明け方再びうつらうつらする頃に、夢とも幻聴ともつかない「声」に苛まれるからだ。そんなとき私は、ペトロの手紙一5章7節「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです」の聖句をおぼろげな頭で思い出す。以前はこうした暁の疲れが尾を引き、仕事を休んでしまうことも少なからずあったが、最近は何とか態勢を立て直して出かけられるようになった。それもまた恵みと思う。

黒ストッキングが常とも知らず。

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父の喪にと 急ぎ購う ワンピース
丈短くて 脚白く浮く
(とど)

2010年10月14日 作歌。

『印度の果実』より

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大西民子の歌集『印度の果実』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・駅前の放置自転車神々に見はなされたる病のごとし
・妻を得てユトレヒトに今は住むといふユトレヒトにも雨降るらむか
・二つめの目ざまし時計鳴り出でてとぎれてしまふ夢ばかりなる
・いづくまで行く魂か流木のかたちに流れつくことのあり
・芥ともあらずときをりひるがへり流るるもののふと反照す

・わだかまる藻のかたまりに波は来て力を試すさまに引き摺る
・若き子を死なしめし人のおもむろに立ち直る日々を共に働く
・戻り得ぬ家かと思ふ入院の車のバックミラーに見つつ
・運ばれて来てなす朝餉体温よりやや温かし流動食は
・病室にわれのみとなるときのあり滝なして降る暮れがたの雨

・霧のなかに斜塔のごとき見えながら眠りゆきたり点滴終へて
・緊急を告げて呼ばれし医師ならむ雑音のみの放送終はる
・病室の片隅に置くハイヒール癒えて履く日のいつとも知れず
・獄中のくらしも知らずたぐへつつ嵐の夜半をながく醒めゐる
・みまかりて空きたる部屋に病む人の間(ま)なく入り来て点滴を受く

・薔薇あまた挿せる病室持ちて来し小さき辞書は開くことなし
・向う側は小児病棟子どもらのつむり幾つも並ぶことあり
・あやつりの糸のもつれて立ち得ずと病みつつ見たる夢のきれぎれ
・二十日ほどを苦しみてわれの去りゆくにいのちのきはを病む人多き
・病室は六畳ほどか出で入りに薔薇の匂ひの乱され易し

・隣室の声意味なしてはげしきはわが耳冴ゆるたそがれのころ
・誰がためのいのちと問ひてはかなきに手術の傷の日ごと癒えゆく
・渋滞の車さへ今こころよく退院の身を運ばれむとす
・病院を出づれば秋の生活(くらし)あり藁を焚く香の道になづさふ
・くくり椿運ばれゆけり癒えし身に通ひ慣れたる道も新し

・降り出づるけはひ言ひつつ別れ来ぬ互(かたみ)の傘を確かめあひて
・全開の音量といふも知らぬまま雨の夜更けに聴くモーツアルト
・いくひらの椎茸を水にもどしおきわれにしづかに年暮れむとす
・暖房の部屋に置く供華たちまちに心やつるるさまに衰ふ
・手の届く範囲にものを置く習ひ乱丁の辞書もかたはらに置く

・B4の紙片一枚回付され組織まるごとゆさぶる日あり
・狐ほどに痩せたる顔を持ち歩く夢ながながと見て夜の明けぬ
・やめてゆく職場に在れば日毎日毎遠景となる書類の束も
・暇々(いとまいとま)に物縫ふならひいつとなく失せて買ひおく更紗も古りぬ
・うたかたの職場におのれ尽くし来ぬ指のあはひを風の抜けゆく

・しろじろとどこからも見ゆる明るさに喪の家の灯の夜すがら点る
・みひらかば大きなる目を逝きまして左合はせの白衣もやさし
・妹の在らば停年まで働かむかかる思ひも痛みを誘ふ
・定期券を忘るることなどのなくてすむたつきのあるを知らで過ぎ来し
・有楽町へ着くまで長し独りごとを言ひやまぬ人と隣りあはせて

・あやとりをしてゐし夢にたれならむもうひとりゐし幼な子の影
・何のかたちにも折り得むにひろげたる紙のまま置く思ひと言はむ
・父母の名も妹の名も消されたる戸籍謄本見つつすべなし
・ときのまに日ざし洩れ来て喪の花の銀はまぶしく光を返す
・しばらくをかけなづむ鍵の音のして隣の家のたれか出でゆく

・死のあとに残されむもの度の違ふ眼鏡の幾つ思ふことあり
・雨季のくる前には再び痛まむとわが持つ傷を人の気づかふ
・食事のあとゆるぶ体のうとましくながく坐れり何なすとなく
・降り出でし雨にそのまま別れ来て憶測ばかり胸にひろがる
・切開の痕のをりふし引き吊るは魂に持つ傷のごとしも

・綿虫の芯ほのじろく宙に浮き消え入るやうに沈みてゆけり
・死のときはたれもひとりよまひまひは一粒のまま日の暮れむとす
・安否さへ問ふよしもなき人ながら苦しみのみを負ふにもあらぬ
・金輪際かかる願ひは告げ得ぬに思ひゐて血の濃くなるごとし
・何を待ちてゐるわれならむ地球儀はひと回りしてまた海の青

・工事場に大き土管の積まれゐて吸ひ込む如しなべての音を
・電話のベル鳴りつぎゐるはどの家かよしなき耳を持ちて歩めり
・天気図の等圧線を見てゐしが不意にわが持つ渦とかさなる
・せぐくまり反故燃しをれば降り出でてドラマのなかに降る雪に似る
・バスに見て過ぐる校門偶像の如くに崩れし雪像を置く

・夕闇の畑に人の影うごきカタコンベなど掘るにあらずや
・つまづきて五体ほどけしときのまに野火の匂ひにとりかこまれぬ
・岬幾つ越えて届くやこの世ならぬ音に午報のサイレン聞こゆ
・いつまでも嗄れゐる声をあはれまれ電話を切ればまた風の音
・踏絵踏む足の次々あらはるる夢醒めて寒しわれのあなうら

・旦夕(たんせき)に迫れりと知るみいのちのとどめもあへず雨降りしきる
・さわだてるけはひ届かぬはろけさに椋鳥のむれはまた森へ落つ
・化(け)のものとならむよしなきことわりを知りつつ境のあらぬ思ひす
・魚(うを)の血のひとすぢ水に流れ出でわが身のどこか引き絞らるる
・そのままを告げよとならば声あげてきゆんと泣きたき思ひと言はむ

・霊柩車の木蔭にながくありにしが夢に見ることもうつつを超えず
・残さるることも幾たび夕立に袖濡らし来し喪服を吊るす
・地上にていまだなすべきことあらむ戻り来りし思ひに坐る
・うつむきて印度の果実むきをればやいばはつねにわが胸に向く
・敗れたる牛は如何にか映像は勝てる牡牛をしばらく見しむ

・終りまで聞きてよりものを言ふ習ひながき勤めに培ひて来し
・殺気のごときひとすぢ走りすぎしのみすぐコーヒーは運ばれて来(き)ぬ
・霊柩車を先立ててゆくバスのなか不意に時刻を問ひし人あり
・人の声やいばをなすと聞きをれば真実胸の辺(へ)の痛みくる
・言い出づることにあらねど思ひゐてわが切つ先のひらめきはじむ

・音程を次第に上げて畦にゐる群れの鴉の一羽のみ啼く
・襟もとの寒き思ひに見返ればみの虫は風に回りてゐたり
・雨をんななるを思へば寒梅を見む約束も咎のごとしも
・行き違ひになりにしのみと知るまでにまた重ねたる歳月ありき
・色の無き葡萄摘みゐる夢なりき色無き房は手に重かりき

・遠くまでものの見ゆる日見えざる日視界くらめて今朝は雪降る
・雪の日の逆行のなかおのづから胸に手を当つマリアの像は
・壁の絵の思はぬ隅に眼(まなこ)あり見られてあらむ幾つもの目に
・いつまでもバスの来ざれば手袋のままに手話して少女らのをり
・洗ひたる皿のたちまち冷えゆくは死にたる人の冷えゆくに似る

・くれがたに群れとぶ見ればグレナダへ僧になりにゆく鴉ならずや
・思はれてゐるやうにしか振舞へずなまの感情はをりをりきざす
・うるし塗りの細き筆などありにしが身のほとりよりさまざまに失(う)す
・灯の暗き寄宿舎の冬伏せ字解くをたのしみとしたる少女期ありき
・この道をゆくほかはなくカーブミラーの映す枯れ野に近づきて行く

・雨の夜は眠れぬわれとあきらむる雨の記憶はおほよそ暗し
・煮えくり返る思ひなりしが一夜明けてたひらぎてゐるわれに愕(おどろ)く
・五百枚の原稿用紙買ひ持ちていまだ紙なる重さを運ぶ

一首鑑賞(16):大西民子「踏絵踏む足の次々あらはるる」

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踏絵踏む足の次々あらはるる夢醒めて寒しわれのあなうら
大西民子『印度の果実』

 時折、自分の信仰を試されるような瞬間がやって来て、咄嗟の判断でしたことが悔恨を残すことがある。
 私にとって「踏絵を踏む」ようだった経験は、四年前に就労していた職場の同僚のお父様が亡くなり仏式の葬儀に参列した際、葬祭場に居合わせた会衆の見守る中お焼香を拒むことができなかったことである。私はたまたま先祖伝来の風習などに拘らない家庭に育ち、自分だけクリスチャンになった後も親戚の葬儀では隣にいた親がお焼香の鉢を私は飛ばして回してくれるなど配慮してくれていたお蔭で、葛藤を味わわずに済んでいた。
 列王記下5章に、アラムの王の軍司令官ナアマンという重い皮膚病を患った人物が出てくる。イスラエルの預言者エリシャの勧めに従いヨルダン川に身を七度浸して病が癒えたナアマンは「イスラエルのほか、この世界のどこにも神はおられないことが分かりました。僕は今後、主以外の他の神々に焼き尽くす献げ物やその他のいけにえをささげることはしません 」とエリシャに告げ、ただ主君がリモンの神殿に行ってひれ伏すときの介添えで自身もひれ伏すことを赦してくださるように請う。エリシャもこれを了承した。
 現在通っている教会では厳密にお焼香を禁じてはおらず、するかしないかは各人の良心に任されているのだが、母教会で染み付いた考え方は強固でなかなか柔軟には考えられない。
 首掲の歌では、夢に踏絵を踏む足が次々現れたという。だから、夢の中の大西は踏絵を踏んだわけではなかったのかもしれない。しかし悪夢から目覚めた彼女は、自分の足裏からひんやりと血の気が引くように感じた。もしかすると日常生活の中で自分の信念を裏切るような何事かを為していたのだろうか。
 〈…神様、ごめんなさい…!!〉と心の中で叫びながらお焼香をした私。聖書には「信仰の弱い人を受け入れなさい。その考えを批判してはなりません」(ローマの信徒への手紙14章1節 )とも、「心に責められることがあろうとも。神は、わたしたちの心よりも大きく、すべてをご存じだからです」(ヨハネの手紙 一 3章20節)ともある。そう書いてあるからと言って、何でもかんでも赦されると高を括るのは傲慢というものだろう。ただ全てを神様に委ねる――それだけが私にできることである。
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