笹井宏之の歌集『てんとろり』を読了。目に留まった歌を引いておきます。
・こころにも手や足がありねむるまえしずかに屈伸運動をする
・コーヒーにあたためられた喉からの声で隣の人があたたまる
・欠けているぶぶんの月が廃校の棚に入っているのは秘密
・暮れなずむホームをふたりぽろぽろと音符のように歩きましたね
・渚から渚へつづくトンネルを運ばれてゆく風のわたくし
・冬空のたった一人の理解者として雨傘をたたむ老人
・郵便を終えたら上のまぶたから切手をはがしてもいいですか?
・新宿の量販店で涙する天体望遠鏡を買います
・レントゲン室に取り残されたまま誰かを待っているような午後
・寂しさでつくられている本棚に人の死なない小説を置く
・ゆうだちのたびにゆたかになってゆく若葉のしたの花びら地蔵
・坂道の途中で出会うはずだった私がきょうも遅刻している
・さよならのこだまが消えてしまうころあなたのなかを落ちる海鳥
・雨のことばかりがのっている辞書を六月のひなたに置いてみる
・ぜつぼうが浅葱色していることにどうしてだれも気づかないんだ
・しずくする私のまえへ天体のこどもが自転しにやってくる
・ウェブログの最終記事のさよならが風になるまであなたを待とう
・コッペパンわけあいながら泣き虫と泣き虫がくもりぞらをみてる
・本当は誰かにきいてほしかった悲鳴をハンカチにつつみこむ
・ふたりがふたりであるということの彫刻を群青のこぶしが殴り続けている
・カフェオレの匂いのなかでいちまいずつ恋人に手のひらを渡した
・水晶をくちにふくんでどこまでもあなたの着信履歴を辿る
・どちらかが詩になったならすみやかに朗読を開始する約束
・告白の途中で炎上してしまうことはわかっていたけれど、した
・鰯雲のうろこのなかへ釣り針のように突っ込んでゆく旅客機
・酒瓶にプリントミスがある夜の天球を走りまわる麒麟
・いちばんに消えてなくなりそうだった星のひかりに頬を切られる
・バースデイカードをひらくひとときに向日葵畑から風が吹く
・新聞を投函される音だけがうつつのようである午前五時
・ひまわりの亡骸を抱きしめたままいくつもの線路を越えてゆく
・食パンの耳をまんべんなくかじる 祈りとはそういうものだろう
・はつゆきがはつゆきでなくなる朝の、やさしいひとがころんでしまう
・ひえているコーンスープの喉ごしが十一月の岬であった
・天国につながっている無線機を海へ落としにゆく老婦人
・私からもっとも遠い駅として初恋の日のあなたはわらう
・きょうは下駄つっかけて豆腐屋へゆく 遠慮なくよろこべあしのゆび
・ジャパニーズパスタが竹を流れます さみしいひとはご覧ください
・死ななければならないひとのかたわらで表紙のうすい本をひらいた
・戦争がやさしい雨に変わったらあなたのそばで爪を切りたい
・小説のなかで平和に暮らしているおじいさんをやや折り曲げてみる
・やがてこの部屋であなたはひらかれる 成層圏のまぶたのように
・ばらばらになったおとこへ文庫本カバーのような犬が寄り添う
・風になれなかったひとがタクシーのいないタクシー乗り場でしゃがむ
・かなしみが詩となるまでの数秒を回りつづけている風見鶏
・風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける
・ひぐらしのあらしのなかをゆっくりとわたしはひらがなのあしどりで
・ゆるやかな決断ののち裂けてゆくあなたの赤い頬を見ている
・ほほえんでいるのは砂場 スコップのすばらしい突き刺さり具合に
・うつくしいみずのこぼれる左目と遠くの森を見つめる右目
・折鶴の翅をはさみで切り落とす 私にひそむ雨の領域
・札束でしあわせになるひとびとを睫毛あたりで肯定してる
・ゆびさきのするどいひとに握られてさわらをさばく春の包丁
・山嶺のようにあなたは立って居るひとみにうすいゆきをうかべて
・警告を受け入れている ふたりとも透明な絵を抱えたままで
・君の目の水平線を染めてゆく太陽というさみしい組織
・チェリストのような日差しがぼくたちのこの空間を奏ではじめる
・敗北が若葉のように揺れていたあの初夏(はつなつ)の野にさよならを
・あなたはもうピアニカケース こんこんといつまでも空色のねむりを
・そのゆびが火であることに気づかずに世界をひとつ失くしましたね
・ゆめをみる水槽として純白の魚を一尾むねへしずめる
・上の句と下の句からみあう午後の紅茶の中をたわむ ひかりは
・あるいは鳥になりたいのかもしれなくて夜をはためくテーブルクロス
・雪であることをわすれているようなゆきだるまからもらうてぶくろ
・ぱたぱたとわたしの夢を抜け出したひとみのあおい配膳係
・ひらがなであったおとこが夕立とともに漢字に戻りはじめる
・さびしいといえばさびしい真昼間の黒鍵のないピアノを鳴らす
・氷上のあなたあ青い塔としてそのささやかな死を受け入れた
・退屈の波打つゆうべ スカーフはあなたの首をはなれて海へ
・あめいろの空をはがれてゆく雲にかすかに匂うセロファンテープ
・やむをえず私は春の質問としてみずうみへ素足をひたす
・うつくしく裏返るひと すいもののインスタントのこなをこぼして
・おそらくは腕であるその一本へむぎわら帽を掛ける。夕立
・ひらかれてゆくてのひらを鳥が舞いみえかくれする島のきりぎし
・さあここであなたは海になりなさい 鞄はもっていてあげるから
・しおみずと真水の違いでしかない私たち ただ坂を下った
・かなしみが冬のひなたにおいてある世界にひとり目覚めてしまう
・星になるまえの地球のようですね あなたの肌はひえきっていて
・ひいらぎをあなたの部屋へおきました とむらうことになれていなくて
・もうなにも始まることのないような朝にとかげのしっぽをつかむ
・しあきたし、ぜつぼうごっこはやめにしておとといからの食器を洗う
・おくびょうな私を一羽飼っているから大声は出さないように
・畑から現実感が生えている むちゅうでそれをむさぼっている
・滅茶苦茶や言語道断が服を着て西新宿を歩いています
・歯ごたえのないくだものを配られて子どもらの目が沼であります
・新鮮ないわしのように押し寄せてくるイメージの破片のあなた
・つめきりが浅く砂浜に刺さっていてこの悲しみには勝てないと思った
・ひとりでにりぼんむすびになっていたひもの痛みの、はかりしれない
・内圧に耐えられそうにないときは手紙の端を軽く折ること
・さざなみのねむりのふちをゆっくりと宿をはずしたやどかりがゆく
・かなしみにふれているのにあたたかい わたしもう壊れているのかも
・シロフォンの音色をえらに吸いながらひどくみじかく鳴る魚たち
・ふくらんでしぼんだだけの風船を一個の星のように愛する
・折り鶴をひらいたあとにおとずれる優しい牛のような夕ぐれ
・耳のうらからはえてきた菩提樹の若葉をなでているあなたの手
・凍え死にしそうな水道管たちを慰めながらやってきた水
・西の空に巨大な顔が浮かんでいて日にいちどだけ目配せをする
・とりとめのない週末があらわれて末のぶぶんに怪我をしていた
・それなりにおいしくできたチャーハンに一礼をして箸をさしこむ
・虹がないことに気づいた空がまたいちからやりなおすとのことです
・わたしだけ道行くひとになれなくてポストのわきでくちをあけてる
・流星が尾をふる音がきこえます ゆりかもめ、そちらはどうですか
・ゆびさしたほうにかならず星がある それだけがよく、それだけの日々
・半分は活字でできているひとの頬のあたりに付箋をつける
・本棚に戻されたなら本としてあらゆるゆびを待つのでしょうね
・一夜漬けされたあなたの世界史のなかのみじかいみじかい私
・あなたがあなたであるということの悲しみの、ひたすら餅をついている夜
・栓抜きにゆびをとおして星が降るのを待っている翡翠少年
・暗闇のなかに寂しい侍がいるような気がして目を覚ます
・終わらせてたまるものかと空色のレコードを必死で手でとめる
・ふるえている膝と膝とがお互いに軽くぶつかるとき割れる海
・あんぱんがたべたいひととあんぱんのあいだに物凄い滝がある
・ごめんなさいしか言えない日に肋骨にとにかくすごい花火があがる
・ひのきぶろみたいな笑い方をする できるかどうかではなくて、する
・基本的にあなたのえがく冬空が雨であるのは承知している
・空へ空へひきぬいてゆく黄昏のはためきかけてやめたティッシュを
・軍手から栗をこぼしてほろほろとあなたに会いにゆく星月夜
・たましいのやどらなかったことばにもきちんとおとむらいをだしてやる
・さようならが機能をしなくなりました あんたが雪であったばかりに
************************************
・木の間より漏れくる光 祖父はさう、このやうに笑ふひとであつた
・さうではない、肥大しすぎた両翼がのしかかり舞へないのだ人は
・いくとせも鏡のなかを歩みゐる我とけふまた目を合はせけり
・ひらはらといふ姓を持つ唄ひ手のゐてひらはらと声を出しをり
・みづうみに沈んでゐたる秋空を十の指もて壊してしまふ
・廃品のなかでひときはたくましく空を見上げてゐる扇風機
・枕辺に一頭の犀あらはれて悲しき夢を突き上げにけり
・ひろゆき、と平仮名めきて呼ぶときの祖母の瞳のいつくしき黒
・眠りから覚めても此処がうつつだといふのは少し待て鷺がゐる
・顔を洗ふときに気づきぬ吾のなかに無数の銀河散らばることを
・夢の戸を閉め忘れたる朝と思ふ 筆立てに筆いつぽんもなし
・葉桜を愛でゆく母がほんのりと少女を生きるひとときがある
・CryではなくてSingであるといふ 死の前の白鳥の喘ぎも
・knifeよりこぼるる「k」の無音こそ深きを抉る刃なりけり
・こくこくと小さなのどを鳴らしてはお茶を飲む子のうすももの頬
・こころにも手や足がありねむるまえしずかに屈伸運動をする
・コーヒーにあたためられた喉からの声で隣の人があたたまる
・欠けているぶぶんの月が廃校の棚に入っているのは秘密
・暮れなずむホームをふたりぽろぽろと音符のように歩きましたね
・渚から渚へつづくトンネルを運ばれてゆく風のわたくし
・冬空のたった一人の理解者として雨傘をたたむ老人
・郵便を終えたら上のまぶたから切手をはがしてもいいですか?
・新宿の量販店で涙する天体望遠鏡を買います
・レントゲン室に取り残されたまま誰かを待っているような午後
・寂しさでつくられている本棚に人の死なない小説を置く
・ゆうだちのたびにゆたかになってゆく若葉のしたの花びら地蔵
・坂道の途中で出会うはずだった私がきょうも遅刻している
・さよならのこだまが消えてしまうころあなたのなかを落ちる海鳥
・雨のことばかりがのっている辞書を六月のひなたに置いてみる
・ぜつぼうが浅葱色していることにどうしてだれも気づかないんだ
・しずくする私のまえへ天体のこどもが自転しにやってくる
・ウェブログの最終記事のさよならが風になるまであなたを待とう
・コッペパンわけあいながら泣き虫と泣き虫がくもりぞらをみてる
・本当は誰かにきいてほしかった悲鳴をハンカチにつつみこむ
・ふたりがふたりであるということの彫刻を群青のこぶしが殴り続けている
・カフェオレの匂いのなかでいちまいずつ恋人に手のひらを渡した
・水晶をくちにふくんでどこまでもあなたの着信履歴を辿る
・どちらかが詩になったならすみやかに朗読を開始する約束
・告白の途中で炎上してしまうことはわかっていたけれど、した
・鰯雲のうろこのなかへ釣り針のように突っ込んでゆく旅客機
・酒瓶にプリントミスがある夜の天球を走りまわる麒麟
・いちばんに消えてなくなりそうだった星のひかりに頬を切られる
・バースデイカードをひらくひとときに向日葵畑から風が吹く
・新聞を投函される音だけがうつつのようである午前五時
・ひまわりの亡骸を抱きしめたままいくつもの線路を越えてゆく
・食パンの耳をまんべんなくかじる 祈りとはそういうものだろう
・はつゆきがはつゆきでなくなる朝の、やさしいひとがころんでしまう
・ひえているコーンスープの喉ごしが十一月の岬であった
・天国につながっている無線機を海へ落としにゆく老婦人
・私からもっとも遠い駅として初恋の日のあなたはわらう
・きょうは下駄つっかけて豆腐屋へゆく 遠慮なくよろこべあしのゆび
・ジャパニーズパスタが竹を流れます さみしいひとはご覧ください
・死ななければならないひとのかたわらで表紙のうすい本をひらいた
・戦争がやさしい雨に変わったらあなたのそばで爪を切りたい
・小説のなかで平和に暮らしているおじいさんをやや折り曲げてみる
・やがてこの部屋であなたはひらかれる 成層圏のまぶたのように
・ばらばらになったおとこへ文庫本カバーのような犬が寄り添う
・風になれなかったひとがタクシーのいないタクシー乗り場でしゃがむ
・かなしみが詩となるまでの数秒を回りつづけている風見鶏
・風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける
・ひぐらしのあらしのなかをゆっくりとわたしはひらがなのあしどりで
・ゆるやかな決断ののち裂けてゆくあなたの赤い頬を見ている
・ほほえんでいるのは砂場 スコップのすばらしい突き刺さり具合に
・うつくしいみずのこぼれる左目と遠くの森を見つめる右目
・折鶴の翅をはさみで切り落とす 私にひそむ雨の領域
・札束でしあわせになるひとびとを睫毛あたりで肯定してる
・ゆびさきのするどいひとに握られてさわらをさばく春の包丁
・山嶺のようにあなたは立って居るひとみにうすいゆきをうかべて
・警告を受け入れている ふたりとも透明な絵を抱えたままで
・君の目の水平線を染めてゆく太陽というさみしい組織
・チェリストのような日差しがぼくたちのこの空間を奏ではじめる
・敗北が若葉のように揺れていたあの初夏(はつなつ)の野にさよならを
・あなたはもうピアニカケース こんこんといつまでも空色のねむりを
・そのゆびが火であることに気づかずに世界をひとつ失くしましたね
・ゆめをみる水槽として純白の魚を一尾むねへしずめる
・上の句と下の句からみあう午後の紅茶の中をたわむ ひかりは
・あるいは鳥になりたいのかもしれなくて夜をはためくテーブルクロス
・雪であることをわすれているようなゆきだるまからもらうてぶくろ
・ぱたぱたとわたしの夢を抜け出したひとみのあおい配膳係
・ひらがなであったおとこが夕立とともに漢字に戻りはじめる
・さびしいといえばさびしい真昼間の黒鍵のないピアノを鳴らす
・氷上のあなたあ青い塔としてそのささやかな死を受け入れた
・退屈の波打つゆうべ スカーフはあなたの首をはなれて海へ
・あめいろの空をはがれてゆく雲にかすかに匂うセロファンテープ
・やむをえず私は春の質問としてみずうみへ素足をひたす
・うつくしく裏返るひと すいもののインスタントのこなをこぼして
・おそらくは腕であるその一本へむぎわら帽を掛ける。夕立
・ひらかれてゆくてのひらを鳥が舞いみえかくれする島のきりぎし
・さあここであなたは海になりなさい 鞄はもっていてあげるから
・しおみずと真水の違いでしかない私たち ただ坂を下った
・かなしみが冬のひなたにおいてある世界にひとり目覚めてしまう
・星になるまえの地球のようですね あなたの肌はひえきっていて
・ひいらぎをあなたの部屋へおきました とむらうことになれていなくて
・もうなにも始まることのないような朝にとかげのしっぽをつかむ
・しあきたし、ぜつぼうごっこはやめにしておとといからの食器を洗う
・おくびょうな私を一羽飼っているから大声は出さないように
・畑から現実感が生えている むちゅうでそれをむさぼっている
・滅茶苦茶や言語道断が服を着て西新宿を歩いています
・歯ごたえのないくだものを配られて子どもらの目が沼であります
・新鮮ないわしのように押し寄せてくるイメージの破片のあなた
・つめきりが浅く砂浜に刺さっていてこの悲しみには勝てないと思った
・ひとりでにりぼんむすびになっていたひもの痛みの、はかりしれない
・内圧に耐えられそうにないときは手紙の端を軽く折ること
・さざなみのねむりのふちをゆっくりと宿をはずしたやどかりがゆく
・かなしみにふれているのにあたたかい わたしもう壊れているのかも
・シロフォンの音色をえらに吸いながらひどくみじかく鳴る魚たち
・ふくらんでしぼんだだけの風船を一個の星のように愛する
・折り鶴をひらいたあとにおとずれる優しい牛のような夕ぐれ
・耳のうらからはえてきた菩提樹の若葉をなでているあなたの手
・凍え死にしそうな水道管たちを慰めながらやってきた水
・西の空に巨大な顔が浮かんでいて日にいちどだけ目配せをする
・とりとめのない週末があらわれて末のぶぶんに怪我をしていた
・それなりにおいしくできたチャーハンに一礼をして箸をさしこむ
・虹がないことに気づいた空がまたいちからやりなおすとのことです
・わたしだけ道行くひとになれなくてポストのわきでくちをあけてる
・流星が尾をふる音がきこえます ゆりかもめ、そちらはどうですか
・ゆびさしたほうにかならず星がある それだけがよく、それだけの日々
・半分は活字でできているひとの頬のあたりに付箋をつける
・本棚に戻されたなら本としてあらゆるゆびを待つのでしょうね
・一夜漬けされたあなたの世界史のなかのみじかいみじかい私
・あなたがあなたであるということの悲しみの、ひたすら餅をついている夜
・栓抜きにゆびをとおして星が降るのを待っている翡翠少年
・暗闇のなかに寂しい侍がいるような気がして目を覚ます
・終わらせてたまるものかと空色のレコードを必死で手でとめる
・ふるえている膝と膝とがお互いに軽くぶつかるとき割れる海
・あんぱんがたべたいひととあんぱんのあいだに物凄い滝がある
・ごめんなさいしか言えない日に肋骨にとにかくすごい花火があがる
・ひのきぶろみたいな笑い方をする できるかどうかではなくて、する
・基本的にあなたのえがく冬空が雨であるのは承知している
・空へ空へひきぬいてゆく黄昏のはためきかけてやめたティッシュを
・軍手から栗をこぼしてほろほろとあなたに会いにゆく星月夜
・たましいのやどらなかったことばにもきちんとおとむらいをだしてやる
・さようならが機能をしなくなりました あんたが雪であったばかりに
************************************
・木の間より漏れくる光 祖父はさう、このやうに笑ふひとであつた
・さうではない、肥大しすぎた両翼がのしかかり舞へないのだ人は
・いくとせも鏡のなかを歩みゐる我とけふまた目を合はせけり
・ひらはらといふ姓を持つ唄ひ手のゐてひらはらと声を出しをり
・みづうみに沈んでゐたる秋空を十の指もて壊してしまふ
・廃品のなかでひときはたくましく空を見上げてゐる扇風機
・枕辺に一頭の犀あらはれて悲しき夢を突き上げにけり
・ひろゆき、と平仮名めきて呼ぶときの祖母の瞳のいつくしき黒
・眠りから覚めても此処がうつつだといふのは少し待て鷺がゐる
・顔を洗ふときに気づきぬ吾のなかに無数の銀河散らばることを
・夢の戸を閉め忘れたる朝と思ふ 筆立てに筆いつぽんもなし
・葉桜を愛でゆく母がほんのりと少女を生きるひとときがある
・CryではなくてSingであるといふ 死の前の白鳥の喘ぎも
・knifeよりこぼるる「k」の無音こそ深きを抉る刃なりけり
・こくこくと小さなのどを鳴らしてはお茶を飲む子のうすももの頬