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Channel: 水の門
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『砂の降る教室』より

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石川美南の歌集『砂の降る教室』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・わたしたち全速力で遊ばなきや 微かに鳴つてゐる砂時計
・眠りつつ聞く講義にて陽だまりへ練りはみがきの蛇を描く夢
・木洩れ日が壁に描くのは冬眠と冬眠の間の短き日記
・イギリス映画の端役のやうに悠然とラブラドールが雲曳いて来る
・今しばらく貴方と遊ぶ太陽の斜め具合を確かめながら

・黄桃色のひかり当たれるピアノからうつかり生へてくる矢野顕子
・もうずいぶん異国の身体 ふつふつと十二拍子を求めてゐたる
・梅雨を飲む咽喉こくこくと 鎌倉は緑の中に埋もれゆくなり
・百文字の回文を考へてゐるやうな葬儀の列に加はる
・前日も蕎麦をもりもり食つとつた 路面に水を撒いてゐる祖父

・仲違ひ始まりさうな夕暮れをいきなり笑ふスプリンクラー
・厳粛な告白ののち少年はティンパニの真似してふざけたり
・雲は山より涌き出づるもの おろしたての修正液の瓶を振るごと
・撃たれたる空の痛みを思ひつつ体育座りで順番を待つ
・ゴールラインに近づきながら手も足ももう言ひ訳を考へてをり

・硝子瓶の光る速さに口癖を移しあひたる理科部の一日
・カーテンのレースは冷えて弟がはぷすぶるぐ、とくしやみする秋
・ホームにも森の孤独を運び来ぬ釜飯売りの咽喉に棲む蝉
・ぎらぎらの暴走族の一団が花火見むとて並んで座る
・成分のことは語らぬ約束で花火見てゐる理科部一行

・相聞歌作り置きせる姫君の昼寝のごとき雲にじむ春
・色浅き皐月の空に浮かびをる穂村弘の眼鏡雲 かな
・筆記体の文字で編みたるセーターをびつと着込みて塾に通へり
・家々に氷柱(つらら)を配る老人が静かにくしやみしてゐる夜更け
・フラミンゴの群れの前にて腰痛にならぬかと問ふてゐる老婦人

・衣替へ面倒くさくのろのろと黄緑のシャツ出してゐる山
・太陽に真近き枝を見上ぐれば運命線の太き一枚
・乾きたる地面をめがけ降つてくる「もみぢ」の終止形を答へよ
・壁一面にアメリカピンは輝きて新興宗教のごとき薬局
・人知れぬ悩みはあれど 魚屋は発声練習してから眠る

・笑ひ皺に取り囲まれて和菓子屋の女すあまを三つ包めり
・神輿担ぐ女ぎらぎら笑ひつつ珈琲店の窓を震はす
・くよくよと席に着きをりこの朝も入道雲を呼び出だせずに
・口下手は致命傷なりだぶだぶの言の葉ばかり使つてしまふ
・はらからがはらはら泣きて駆け戻るゆめよりさめて歯の奥いたむ

・祝福のこゑはぼそぼそ 古びたるうづらのたまごのやうに僻みて
・鉄琴の上に降る雨 許す前に許されている苛立たしさは
・グランドピアノの下に隠れし思ひ出を持つ者は目の光でわかる
・シェパードのあくびのやうな飛行音に心を支配されてゐる夕
・町中の犬どもに分け与へたるウインク光りだす冬の朝

・鬼茸のやうな子供が通学路逆走しをり忘れものして
・鶴よりは亀に似てゐてかさこそと何か書くなり書斎の姉は
・寝ぼけて打てば恋文に似てくるメール ですます体の少しほどけて
・シャッターを叩いて君を起こしたし電信柱ひかる夜更けは
・又三郎駆け抜けてゆく速さかな夜毎に電子メールは届く

・傘のほね広がるときのうつくしさ 詩の事ばかり話して帰る
・ブラインドに藤棚映り書評でしか知らない本のやうな明るさ
・「また会ふ」と君が言ひたるところから菜の花色に変はりゆく夢

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