近藤芳美の歌集『遠く夏めぐりて』を読了。目に留った歌を引いておきます。
・街々にともる十字架風冴えてひとときの緋に昏るる雲みな
・クリスマス停戦を待つ日とつたう何に荒廃の一つときのはて
・なおここも歓びの町けむり合う葡萄の谷の薔薇色のとき
・たれもたれも面映えて佇つひかりの中黄金の塔の鐘鳴りこもる
・恍惚と宣教の歌声合わす広場も噴泉もすでに冬の夜
・神の怒り喚(よ)ぶいくたりか見て過ぎむ一日(ひとひ)くもりに街はそばだつ
・つねに夢は銃あらぬ兵凍る野を敵地に何を追いさまようぞ
・背に足らぬ軍袴のままに待ちしねむり一生(ひとよ)凍れる夜によみがえる
・「その人を知らず」と否む声のかぎり逃れのがれむ遠き夜の明け
・朝と知らぬ礫土の行方否みつつ走らむ夢は声となるまで
・生きて四囲にあかしてならぬことありと叫びはつづく吾が夢の際(きわ)
・カテドラル暗き広場も雪ふぶき宿を求めて街迷いつつ
・カテドラル深くとざして雪の町に朝立つ市や黄の野菜売る
・応召をわずかに待つ間の愛情を一生(ひとよ)見詰めて人の白髪
・真実を言えというならたぎつ思い炎夏の砂にひそむごとき夜を
・ことばあかさばたちまち脆き平安をあやうし人ひとりのため守り来つ
・傷なめて暁のかた歩むべし吾は包囲をのがれ来し獣
・思想の位置あかせと遠き声ひとつ眠らむ深きねむり求めて
・おどおどと看護婦のことば聞きたがう父を置き去る配膳の昼
・炎なす草野よ行く兵ら佝僂(くる)のごと呼びつつみずからの声に覚めつつ
・草の地平崩れてつづく望楼の陽のまぼろしに哨兵を見ず
・戦場に眼鏡うしなう記憶ひとつ寂しさは今の目覚めにつづく
・その歴史を許し来りし青春と何に今いうや翩々(へんぺん)と言え
・洞窟に白骨を掘る一画面照る陽も紺青の海も吾が知る
・いずくにても生きていよ傲岸のたましいの崩るるときに何を選ぶか
・首飾糸切れ散るを集めつつ子のなきうなじ吾と長き日
・一片の赤紙を待ち遠く連れし山のたぎちか雨か聞えて
・哀しませぬことを愛情と生き来しを永久の彼の日の一兵士吾
・心屈せし日々に求めしバッハなど過ぎて忘れて聞くこともなく
・夜をひとり軍靴を踏みて行く吾のまぼろしは呼べ風の喚ぶ声
・船艙に銃をいだき寝る兵のごと一生(ひとよ)砲声を風に聞くごと
・体温を求むるねむり船艙の兵なりにしをみな死者の夢
・いのりなす影の寂しさは地に群れて面を伏せ去れ異教徒の吾
・今しばし戦争の焦燥は吾ならずねむらむ贖罪のさけびはるかに
・追われ追われ街に夜の明けにやむ声を知りつつ吾らに今日の十字架
・信教の愚かに流血を呼ぶときを飢餓をつたえて国はるかなる
・おのが掌に秘めて小さき刃握るごと今のとき過ぎよあけのめざめに
・屈辱は刃のごと冴えよ生きて吾にひとりと知らむ老い至るとき
・声あげて眠剤を求むる夜のあけをかたえにさとし妻の目覚めて
・眠剤をのみたるねむり待たむ間を衰え生くる蚊のまとい飛ぶ
・言えば弱き弁疏(べんそ)とならむ一生(ひとよ)吾が仮面のごとくまとい来しものを
・つねに拙き兵にして戦場に生きたりき今を知らゆな涙湧くまでに
・旗焼きて迎うる一国のしずけさを深夜につたう何の憎しみか
・その問いをひそかに一生(ひとよ)のがるるとも逃れ得ぬものに心はたぎつ
・生くるかぎり兵たりし過去死者の過去負う亡霊と人はまた言え
・「恥」として生きむ思いはあかすなき銃架のねむり一生(ひとよ)地は凍つ
・蒼々と霧の這う夜をのがれゆく寂しき兵衣つね覚むる夢に
・一片の令状が来る夜の明けを妻と知るゆえしぐれはめぐる
・帰投せぬ編隊を待つあかときの映像ひとつ過ぐるたまゆら
・しらじらと敵地爆撃の空の俯瞰一生(ひとよ)まなうらに吾が眠るべく
・記憶の町みな夕映えにうなじ垂れて吾ら罪業を負うものの歩み
・隊列の歩みは聞ゆ一生(ひとよ)吾に逃れてならぬ凍土の隊列
・まれにしてフォーレの曲を聞くことの時を怖れむ思い這うごと
・前線を追う病兵と佇てる埠頭はるか冬夜を来(きた)るまぼろしに
・街々にともる十字架風冴えてひとときの緋に昏るる雲みな
・クリスマス停戦を待つ日とつたう何に荒廃の一つときのはて
・なおここも歓びの町けむり合う葡萄の谷の薔薇色のとき
・たれもたれも面映えて佇つひかりの中黄金の塔の鐘鳴りこもる
・恍惚と宣教の歌声合わす広場も噴泉もすでに冬の夜
・神の怒り喚(よ)ぶいくたりか見て過ぎむ一日(ひとひ)くもりに街はそばだつ
・つねに夢は銃あらぬ兵凍る野を敵地に何を追いさまようぞ
・背に足らぬ軍袴のままに待ちしねむり一生(ひとよ)凍れる夜によみがえる
・「その人を知らず」と否む声のかぎり逃れのがれむ遠き夜の明け
・朝と知らぬ礫土の行方否みつつ走らむ夢は声となるまで
・生きて四囲にあかしてならぬことありと叫びはつづく吾が夢の際(きわ)
・カテドラル暗き広場も雪ふぶき宿を求めて街迷いつつ
・カテドラル深くとざして雪の町に朝立つ市や黄の野菜売る
・応召をわずかに待つ間の愛情を一生(ひとよ)見詰めて人の白髪
・真実を言えというならたぎつ思い炎夏の砂にひそむごとき夜を
・ことばあかさばたちまち脆き平安をあやうし人ひとりのため守り来つ
・傷なめて暁のかた歩むべし吾は包囲をのがれ来し獣
・思想の位置あかせと遠き声ひとつ眠らむ深きねむり求めて
・おどおどと看護婦のことば聞きたがう父を置き去る配膳の昼
・炎なす草野よ行く兵ら佝僂(くる)のごと呼びつつみずからの声に覚めつつ
・草の地平崩れてつづく望楼の陽のまぼろしに哨兵を見ず
・戦場に眼鏡うしなう記憶ひとつ寂しさは今の目覚めにつづく
・その歴史を許し来りし青春と何に今いうや翩々(へんぺん)と言え
・洞窟に白骨を掘る一画面照る陽も紺青の海も吾が知る
・いずくにても生きていよ傲岸のたましいの崩るるときに何を選ぶか
・首飾糸切れ散るを集めつつ子のなきうなじ吾と長き日
・一片の赤紙を待ち遠く連れし山のたぎちか雨か聞えて
・哀しませぬことを愛情と生き来しを永久の彼の日の一兵士吾
・心屈せし日々に求めしバッハなど過ぎて忘れて聞くこともなく
・夜をひとり軍靴を踏みて行く吾のまぼろしは呼べ風の喚ぶ声
・船艙に銃をいだき寝る兵のごと一生(ひとよ)砲声を風に聞くごと
・体温を求むるねむり船艙の兵なりにしをみな死者の夢
・いのりなす影の寂しさは地に群れて面を伏せ去れ異教徒の吾
・今しばし戦争の焦燥は吾ならずねむらむ贖罪のさけびはるかに
・追われ追われ街に夜の明けにやむ声を知りつつ吾らに今日の十字架
・信教の愚かに流血を呼ぶときを飢餓をつたえて国はるかなる
・おのが掌に秘めて小さき刃握るごと今のとき過ぎよあけのめざめに
・屈辱は刃のごと冴えよ生きて吾にひとりと知らむ老い至るとき
・声あげて眠剤を求むる夜のあけをかたえにさとし妻の目覚めて
・眠剤をのみたるねむり待たむ間を衰え生くる蚊のまとい飛ぶ
・言えば弱き弁疏(べんそ)とならむ一生(ひとよ)吾が仮面のごとくまとい来しものを
・つねに拙き兵にして戦場に生きたりき今を知らゆな涙湧くまでに
・旗焼きて迎うる一国のしずけさを深夜につたう何の憎しみか
・その問いをひそかに一生(ひとよ)のがるるとも逃れ得ぬものに心はたぎつ
・生くるかぎり兵たりし過去死者の過去負う亡霊と人はまた言え
・「恥」として生きむ思いはあかすなき銃架のねむり一生(ひとよ)地は凍つ
・蒼々と霧の這う夜をのがれゆく寂しき兵衣つね覚むる夢に
・一片の令状が来る夜の明けを妻と知るゆえしぐれはめぐる
・帰投せぬ編隊を待つあかときの映像ひとつ過ぐるたまゆら
・しらじらと敵地爆撃の空の俯瞰一生(ひとよ)まなうらに吾が眠るべく
・記憶の町みな夕映えにうなじ垂れて吾ら罪業を負うものの歩み
・隊列の歩みは聞ゆ一生(ひとよ)吾に逃れてならぬ凍土の隊列
・まれにしてフォーレの曲を聞くことの時を怖れむ思い這うごと
・前線を追う病兵と佇てる埠頭はるか冬夜を来(きた)るまぼろしに