大塚善子の歌集『パンの笛』を読了。目に留まった歌を引いておきます。
・日本より持ち来し香を炷(た)き込めて気負い締めたる帯が匂えり
・留め得ぬひかりにも似てま白なるヴェール被きて近づききたる
・誓約をせる青年の声ひびき子のひくきこえ聞きもらしたり
・目瞑ればみどり児汝の受洗せしはるかなる日の昨日のごとし
・新しく家族となりし青年と教会のまえ澄む水を汲む
・誰が魂を招くと建てし見上ぐれば絶壁のうえ礼拝堂たつ
・山の旗しみじみ仰ぐはるかより呼ばれきたれるごとき思いに
・人あまた手触れしならん古びたる木の十字架を背にし写せり
・遠望む雪のアイガー日に透けば十字架のもと目眩きたつ
・たえまなく霧わき流れゆく春の水が匂えり塔のほとりは
・拷問を為しし一室かたく鎖し空にそびゆる塔に日の射す
・アルペンホルン遠く聞こえてこの山の木にて組みたる十字架いくつ
・窓ぎわの古きオルガン弾かぬまま今日は月待つ穂すすき飾る
・祈りもて放ちし鳩の仔ならんよ棕櫚の穂揺らし一羽来ており
・この国に住むと決めたる子に贈る共同訳聖書夫が署名す
・ドイツ語に誓約せる子の背を見つむ降誕祭の燭満つるなか
・はるかより祈りくるるは誰ならんドイツ真冬の空が茜す
・村人の祝福の声こもごもにドイツの冬の風のつめたさ
・いくところ樅の木立てるこの村の家並み親しここに子の住む
・子の家の窓より見ゆる大き樅みどりくらぐらと目交い揺する
・寒の風とどろきわたりこの国の樅の木競う季(とき)に来たりぬ
・町なかの大いなる樅風に鳴り風にかがやくその下に逢う
・空ふかきシュバルツバルトの山おろし朝より荒れて木の市盛る
・山に向くヨハネス教会樅の木の市たたまれて風のとどろく
・降誕祭過ぎていくにち冬の日はりんご畑に透きつつ沈む
・年明けの花火に燃ゆる空のもと祈りあらたに発てる二人子
・みずいろの蠟燭ひとつ今日は点す子を置き帰る祈りに代えて
・ひいらぎの花咲き満てど二人子の帰らぬままにクリスマス来る
・平安を互みに祈る聖夜(イヴ)の灯が組みたるわが手ほのかに照らす
・桃の花あんずの花も疾く過ぎて聖地の旅のまた遠のきぬ
・地というはかくやわらかし旧約を久しく超えて桃を実らす
・夏さればこころさわぎぬ谷川の流れを慕う鹿のごとくに
・オレンジの花にてつくる清水(せいすい)のあらば夏こそ訪わんナブール
・人の辺をただに離れて行かん日を願えど遠しナザレの村は
・曽祖父を葬りし夏の日も遠く大工ヨセフのふるさとを恋う
・火のひびき幻聴にして身を揺する夕づききたる草の田のうえ
・風ひかる白詰草の野のむこう鋤さげて人の歩むまぼろし
・絹雲のひかるを見れば国遠く子が子を生せるかなしみは鋭し
・久々に針持つ手もとたよりなくこころ揺れつつ児の産着縫う
・畏れもてただに抱けばみどり児の息やわらかにわが胸を打つ
・子が乳をふふます間つつましく本読みてまつみどり児の父
・距離持ちて抱かんものを乳の香の胸に移ればほれぼれとせり
・わが願い届けと祈り風に鳴る樅の秀つ枝に星を飾りぬ
・樅の木の風にしないてかがやくを窓近く寄りみどり児に見す
・眠る児へ子の弾きている弦しずか日脚いくばく伸びし窓辺に
・春遅きドイツの空を思いつつ桃の節句のあられを送る
・生れし児の国籍に触れ子の夫が見せし表情強さ忘れず
・疾くゆきて正眼に見たし獅子と呼び王と称えしレバノンの杉
・年へだてふたたび来たるこの丘のチャペルの鐘の響きしたしき
・久々に来たり仰げるこの堂のオルガン小さし古びたるまま
・あるかなし床に影おくオルガンのパイプの下に来て立ち尽くす
・子の在りて幾度ここに祈りたるシュテファン寺院点す灯のもと
・洗礼を受くるみどり児いだかれて夏のあしたの坂のぼりゆく
・みどり児をささげ抱ける子のうしろ近寄り難くただに見つむる
・我の子の受洗せし日のたちかえり誓約せるにわが声震う
・聖水を亨けしみどり児をこもごもに幸い分くるごとくにいだく
・みどり児と共に祝福受けたればこころ安らう遠くドイツに
・明け方の夢に揺れつつよみがえる母の墓辺の水引の花
・木のもとにキリストの声待ちいたる父と思えり無花果熟るる
・猫の死に家族失せたる寂しさを引き寄するごとく餌皿みがく
・寒の雨さめざめと降り喪にこもる夫の弾きいるオルガン静か
・ふたたびの雪になるとう予報のなか夜の聖餐に与るときぬ
・旅の間もうれいは去らず祈りもて仰ぐドイツの夕あかねぐも
・間なく入るイースター休暇待ちがてに子が逢いにくる夜の汽車にて
・旅の途に家族そろいしこの夕べ晩鐘ながく胸に残りぬ
・待たれいる思い一途に風とよむ朝の扉を押しひらきたり
・旅つづく朝のさみしさしかすがに古きみ堂の燭のあかるさ
・クロス・バン分かつことなく発ちくればこころ残りぬ子の住む村に
・目つむれば語り明かしし子の家の樅の秀つ枝が揺れつつ浮かぶ
・旅遠く家族そろいて取る夕餉夫の祈りに幼子も和す
・日本より持ち来し香を炷(た)き込めて気負い締めたる帯が匂えり
・留め得ぬひかりにも似てま白なるヴェール被きて近づききたる
・誓約をせる青年の声ひびき子のひくきこえ聞きもらしたり
・目瞑ればみどり児汝の受洗せしはるかなる日の昨日のごとし
・新しく家族となりし青年と教会のまえ澄む水を汲む
・誰が魂を招くと建てし見上ぐれば絶壁のうえ礼拝堂たつ
・山の旗しみじみ仰ぐはるかより呼ばれきたれるごとき思いに
・人あまた手触れしならん古びたる木の十字架を背にし写せり
・遠望む雪のアイガー日に透けば十字架のもと目眩きたつ
・たえまなく霧わき流れゆく春の水が匂えり塔のほとりは
・拷問を為しし一室かたく鎖し空にそびゆる塔に日の射す
・アルペンホルン遠く聞こえてこの山の木にて組みたる十字架いくつ
・窓ぎわの古きオルガン弾かぬまま今日は月待つ穂すすき飾る
・祈りもて放ちし鳩の仔ならんよ棕櫚の穂揺らし一羽来ており
・この国に住むと決めたる子に贈る共同訳聖書夫が署名す
・ドイツ語に誓約せる子の背を見つむ降誕祭の燭満つるなか
・はるかより祈りくるるは誰ならんドイツ真冬の空が茜す
・村人の祝福の声こもごもにドイツの冬の風のつめたさ
・いくところ樅の木立てるこの村の家並み親しここに子の住む
・子の家の窓より見ゆる大き樅みどりくらぐらと目交い揺する
・寒の風とどろきわたりこの国の樅の木競う季(とき)に来たりぬ
・町なかの大いなる樅風に鳴り風にかがやくその下に逢う
・空ふかきシュバルツバルトの山おろし朝より荒れて木の市盛る
・山に向くヨハネス教会樅の木の市たたまれて風のとどろく
・降誕祭過ぎていくにち冬の日はりんご畑に透きつつ沈む
・年明けの花火に燃ゆる空のもと祈りあらたに発てる二人子
・みずいろの蠟燭ひとつ今日は点す子を置き帰る祈りに代えて
・ひいらぎの花咲き満てど二人子の帰らぬままにクリスマス来る
・平安を互みに祈る聖夜(イヴ)の灯が組みたるわが手ほのかに照らす
・桃の花あんずの花も疾く過ぎて聖地の旅のまた遠のきぬ
・地というはかくやわらかし旧約を久しく超えて桃を実らす
・夏さればこころさわぎぬ谷川の流れを慕う鹿のごとくに
・オレンジの花にてつくる清水(せいすい)のあらば夏こそ訪わんナブール
・人の辺をただに離れて行かん日を願えど遠しナザレの村は
・曽祖父を葬りし夏の日も遠く大工ヨセフのふるさとを恋う
・火のひびき幻聴にして身を揺する夕づききたる草の田のうえ
・風ひかる白詰草の野のむこう鋤さげて人の歩むまぼろし
・絹雲のひかるを見れば国遠く子が子を生せるかなしみは鋭し
・久々に針持つ手もとたよりなくこころ揺れつつ児の産着縫う
・畏れもてただに抱けばみどり児の息やわらかにわが胸を打つ
・子が乳をふふます間つつましく本読みてまつみどり児の父
・距離持ちて抱かんものを乳の香の胸に移ればほれぼれとせり
・わが願い届けと祈り風に鳴る樅の秀つ枝に星を飾りぬ
・樅の木の風にしないてかがやくを窓近く寄りみどり児に見す
・眠る児へ子の弾きている弦しずか日脚いくばく伸びし窓辺に
・春遅きドイツの空を思いつつ桃の節句のあられを送る
・生れし児の国籍に触れ子の夫が見せし表情強さ忘れず
・疾くゆきて正眼に見たし獅子と呼び王と称えしレバノンの杉
・年へだてふたたび来たるこの丘のチャペルの鐘の響きしたしき
・久々に来たり仰げるこの堂のオルガン小さし古びたるまま
・あるかなし床に影おくオルガンのパイプの下に来て立ち尽くす
・子の在りて幾度ここに祈りたるシュテファン寺院点す灯のもと
・洗礼を受くるみどり児いだかれて夏のあしたの坂のぼりゆく
・みどり児をささげ抱ける子のうしろ近寄り難くただに見つむる
・我の子の受洗せし日のたちかえり誓約せるにわが声震う
・聖水を亨けしみどり児をこもごもに幸い分くるごとくにいだく
・みどり児と共に祝福受けたればこころ安らう遠くドイツに
・明け方の夢に揺れつつよみがえる母の墓辺の水引の花
・木のもとにキリストの声待ちいたる父と思えり無花果熟るる
・猫の死に家族失せたる寂しさを引き寄するごとく餌皿みがく
・寒の雨さめざめと降り喪にこもる夫の弾きいるオルガン静か
・ふたたびの雪になるとう予報のなか夜の聖餐に与るときぬ
・旅の間もうれいは去らず祈りもて仰ぐドイツの夕あかねぐも
・間なく入るイースター休暇待ちがてに子が逢いにくる夜の汽車にて
・旅の途に家族そろいしこの夕べ晩鐘ながく胸に残りぬ
・待たれいる思い一途に風とよむ朝の扉を押しひらきたり
・旅つづく朝のさみしさしかすがに古きみ堂の燭のあかるさ
・クロス・バン分かつことなく発ちくればこころ残りぬ子の住む村に
・目つむれば語り明かしし子の家の樅の秀つ枝が揺れつつ浮かぶ
・旅遠く家族そろいて取る夕餉夫の祈りに幼子も和す