◆10月2日
テモテ⑵1:7。テモテを奮い立たせようと「神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです」と書くパウロ。テモテにわきまえが無いとは思えない。思慮分別はNIVではself-discipline(自己鍛錬、自制力)で、こちらの方がパウロらしく、しっくりくる
◆10月4日
エゼキエル15:3「ぶどうの木から、何か役に立つものを作るための木材がとれるだろうか」。5節「完全なときでさえ何も作れないのに…」。ヨハネ15章で葡萄の枝に喩えられる私達は、そのような者でしかない。実を結べるのは主に繋がっていればこそ。思い違いをせぬよう自戒したい。
◆10月5日
テモテ⑵4:3-4「だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます…人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くように…」教師たちはNIVではa great number of(大勢の)teachers。己を利するため何でもする人間の愚かさ
◆10月18日
ヘブライ5:11「このことについては、話すことがたくさんあるのですが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、容易に説明できません」。主が苦しみにより従順を学ばれ、救いの源となったことを理解しようとしていない、と書くNIV(because you no longer try to understand)に息を呑む
◆10月19日
新改訳エゼキエル34:12「牧者が昼間、散らされていた自分の羊の中にいて、その群れの世話をするように、わたしはわたしの羊を、雲と暗やみの日に散らされたすべての所から救い出して、世話をする」。人間の羊飼いは日中に羊を世話するが、神は暗闇に散らされた羊を捜し出す。この違い!
◆10月19日
ヘブライ人6:4,6「一度光に照らされ、天からの賜物を味わい…その後に堕落した者の場合には、再び悔い改めに立ち帰らせることはできません。神の子を自分の手で改めて十字架につけ、侮辱する者だからです」。侮辱がNIVではpublic disgrace(晒し者)なのが、一度教会を離れた身には堪えた
◆10月23日
ヘブライ8:3「すべて大祭司は、供え物といけにえとを献げるために、任命されています。それで、この方も、何か献げる物を持っておられなければなりません」。供え物≒生贄と捉えていたが、NIVではgifts and sacrifices(贈物と犠牲)。giftsって主から頂くだけでなく献げる物でもあるんだ
◆10月31日
ネブカドネツァルの夢を当て解き明かしたダニエルに「ネブカドネツァルはひれ伏してダニエルを拝し、献げ物と香を彼に供えさせた」(ダニエル2:46)。王に崇拝されて高慢になる誘惑はどれ程だったか!ダニエルが日に三度祈りを守ったのも頷ける。最近教会で称揚されがち。気をつけたい。
テモテ⑵1:7。テモテを奮い立たせようと「神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです」と書くパウロ。テモテにわきまえが無いとは思えない。思慮分別はNIVではself-discipline(自己鍛錬、自制力)で、こちらの方がパウロらしく、しっくりくる
◆10月4日
エゼキエル15:3「ぶどうの木から、何か役に立つものを作るための木材がとれるだろうか」。5節「完全なときでさえ何も作れないのに…」。ヨハネ15章で葡萄の枝に喩えられる私達は、そのような者でしかない。実を結べるのは主に繋がっていればこそ。思い違いをせぬよう自戒したい。
◆10月5日
テモテ⑵4:3-4「だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます…人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くように…」教師たちはNIVではa great number of(大勢の)teachers。己を利するため何でもする人間の愚かさ
◆10月18日
ヘブライ5:11「このことについては、話すことがたくさんあるのですが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、容易に説明できません」。主が苦しみにより従順を学ばれ、救いの源となったことを理解しようとしていない、と書くNIV(because you no longer try to understand)に息を呑む
◆10月19日
新改訳エゼキエル34:12「牧者が昼間、散らされていた自分の羊の中にいて、その群れの世話をするように、わたしはわたしの羊を、雲と暗やみの日に散らされたすべての所から救い出して、世話をする」。人間の羊飼いは日中に羊を世話するが、神は暗闇に散らされた羊を捜し出す。この違い!
◆10月19日
ヘブライ人6:4,6「一度光に照らされ、天からの賜物を味わい…その後に堕落した者の場合には、再び悔い改めに立ち帰らせることはできません。神の子を自分の手で改めて十字架につけ、侮辱する者だからです」。侮辱がNIVではpublic disgrace(晒し者)なのが、一度教会を離れた身には堪えた
◆10月23日
ヘブライ8:3「すべて大祭司は、供え物といけにえとを献げるために、任命されています。それで、この方も、何か献げる物を持っておられなければなりません」。供え物≒生贄と捉えていたが、NIVではgifts and sacrifices(贈物と犠牲)。giftsって主から頂くだけでなく献げる物でもあるんだ
◆10月31日
ネブカドネツァルの夢を当て解き明かしたダニエルに「ネブカドネツァルはひれ伏してダニエルを拝し、献げ物と香を彼に供えさせた」(ダニエル2:46)。王に崇拝されて高慢になる誘惑はどれ程だったか!ダニエルが日に三度祈りを守ったのも頷ける。最近教会で称揚されがち。気をつけたい。