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Channel: 水の門
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『帰潮』より

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佐藤佐太郎の歌集『帰潮』を読了。目に留まった歌を引いておきます。


・胸にふく嵐のごとくかくありて怒のために罪を重ぬる
・道の上にあゆみとどめし吾がからだ火の如き悔(くい)に堪へんとしたり
・連結を終りし貨車はつぎつぎに伝はりてゆく連結の音
・怠惰なるわれの起居(おきゐ)に得しものを歌に作りぬ命のごとく
・香炉ふる鎖が鳴りて虔しき心をさそふ音をきかしむ

・記念碑ののぞかるる槌の音ながら罪なはれゐる現身なせり
・唐突にラジオを切りてときのまを一つの罪のごとく意識す
・よろこびの余燼のごとき蟬のこゑ聞きゐる吾はこころ弱きか
・形なきもの吾を責む過去のかげ未来の影といふわかち無く
・女一人罪にしづみてゆく経路その断片を折々聞けり

・街ゆけば今日も彼等のさまを見るサンダルはきし貧しき蕩児(たうじ)
・動揺を経て型に凝る陶泥(たうでい)のごときこころと謂ひて黙しつ
・夜の池すこし明るく見えてをり妻に負ふ罪もつぐなひ難く
・金が欲しといふ妻をただ怒るなど偽りながら生きにけらしも
・かすとりの酔にみにくく苦しめば吾がありさまを幼子も見る

・キリストの生きをりし世を思はしめ無花果の葉に蠅が群れゐる
・塩のごと辛き涙より出づる言葉ひとつありやと吾は待ちにき
・暁の風ききゐたりうつしみの重ねし罪もほろびか行かん
・「貧賤」は人に驕るといふこともいにしへびとの言葉のひとつ
・魚のごと冷えつつおもふ貧しきは貧しきものの連想を持つ

・新しくととのふ土に日は照れり二十六人殉教の丘
・浦上の御堂の跡に朝夕にアンゼラスの鐘のこりて響く
・四年(よとせ)まへ滅びたる跡ととのへて御堂の石を石垣にせり
・久しかる願ひとぞおもふ樟の木の若葉あかるき長崎ここは
・天主堂修理のかすかなる塵うごきザビエル立像も心しづけし

・二日経て妻と和解をせしのちの底ごもりたる悲しみながぬ
・わが顱頂(ろちやう)のうすくなれるを喜びて言ひたまひけることも思ほゆ
・家いづる勤めを持たず黙(もだ)しをり夕べとなりて草光るとき
・砲弾の炸裂したる光には如何なる神を人は見るべき
・楽園を追はるるすがた端的に彫像としてここに立てれど

・秋分の日の電車にて床(ゆか)にさす光もともに運ばれて行く
・真相を伝ふるといふ記事のたぐひ幾つ読みけん幾つも読まず
・たまきはるうちに萌(きざ)して愚か愚かまづしき者の回想ひとつ
・きぞの夜の酔さめをりて形なき不安をいだく冬の一日

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