河野愛子の歌集『反花篇』を読了。目に留まった歌を引いておきます。
・人恋ひて尽きざる人の歌はあり読みすてて立つ夜のてのひら
・庇はれて生き易かりし性も移らむ涙する少女を帰らしめにき
・かくてつたなき女の交(まじはり)を否むとも癒ゆるなき日の面をとらへき
・命終に迫る幻か知らねども「山上の変貌」を声に畏れたり
・臥したるは汝にふさはしとわが枕辺に立ちたる母は幾歳(いくつ)なりけむ
・ベッドより熱ある如き手を垂らす歌にむらがりてありし心情(こころ)は
・鬱々と物の創(はじめ)の風かあるためらひて智慧に入りし肉体
・いひがたき時のもなかと思ひしか戦争の死も十字架の死も
・言(ことば)ひとつペルソナとなる 自らの破れをこの夜歎きながらに
・言葉われを蔽(おほ)ふ寂しさを何と言はむ寂しさに勝ちしジーザスとはや
・眉引の月の遠きに群だてる藜(あかざ)の原はふかぶかと見ゆ
・春疾風に働きし大工夕まけておのが北国の言葉つぶやく
・いづこにか祝福ありし川水の芥に覗くちごぐるまの朱
・青みぞれ窓に降りそむ人の世の木の偶像と静まりをれば
・月魄(つきしろ)の射すや裸木「死の蔭の谷」を祝へる人もあるらむ
・窓開けてもの狂ひゐる人の眼にお辞儀かへしてわれは来にけり
・ふとむなしきこころにて電話かけむとぞ人を選びしもそのままに止(や)む
・病む病まぬ富むと富まざる勝者また敗者の眼をもすでに見たりし
・人の癒しとはならざるわれを負ひゆかめ濁る朝波は踝(くるぶし)に寄る
・夜半さめてめがねかくれば冷たしもありのすさびの歌ならなくに
・雪のうへに投げたるパンに鳥くだる日すがら白き飢へはあたらし
・雪にして問責の声を聴きしかど帰りなんいざ歌の臥しどに
・責むるより讃へてをりて安けかる今日のこころの澄むべくは澄む
・烏瓜あかし論理にしづまりてゐる頤(おとがひ)はつみにとほきか
・理性と啓示あらそひたりし中世のこゑひくし異土の月壁に凭る
・ベッド暮れて速き脈動を病む夜半風の巡礼のこころ知るかと
・より多く女が怨むことはりをこたびも知らむ冬鳥奔(はし)る
・曙は水より薄き天の雲ふりさけてカインの悲(ひ)を継ぐや知らず
・ふりかへるみ墓の百合のなましろきこの世の花の反りなましろき
・この古き山上都市ペルージア<山の上の町は隠るることなし>と言ひしジーザス
・出窓に積む古びて厚き書の嵩をしぐれの雨に出でて思ひつ
・わが言葉のするどきを責むる人の言葉もするどしや野に入日落ちつも
・亡き後に恋しさおそふ人間のつみと臥しをり春吹雪せり
・秋の日の電車の床に恋びとのつなぐ手さやに映れるは孤よ
・過ぎむとしふいに振りむく猫の眼にわれかすかなる傷を負ふ
・長女(をさのめ)の胸にたくはふる確執に見下(おろ)すとても枯れつくすかほ
・我儘に生きて或ひは独(ひとり)なり愛する椅子にかぜを聴きゐつ
・はらわたのなき木木やさし振りむきて木女とこそはなりはつれとか
・生きる日をおもしろしとはまたおもふ離合尽くして白きタートル
・家の内にてひとみな劇を演じゐる同じきわれとかすかにわらふ
・母が裔われにて終るかすかなる黒点とこそ夕刃持ちたり
・人恋ひて尽きざる人の歌はあり読みすてて立つ夜のてのひら
・庇はれて生き易かりし性も移らむ涙する少女を帰らしめにき
・かくてつたなき女の交(まじはり)を否むとも癒ゆるなき日の面をとらへき
・命終に迫る幻か知らねども「山上の変貌」を声に畏れたり
・臥したるは汝にふさはしとわが枕辺に立ちたる母は幾歳(いくつ)なりけむ
・ベッドより熱ある如き手を垂らす歌にむらがりてありし心情(こころ)は
・鬱々と物の創(はじめ)の風かあるためらひて智慧に入りし肉体
・いひがたき時のもなかと思ひしか戦争の死も十字架の死も
・言(ことば)ひとつペルソナとなる 自らの破れをこの夜歎きながらに
・言葉われを蔽(おほ)ふ寂しさを何と言はむ寂しさに勝ちしジーザスとはや
・眉引の月の遠きに群だてる藜(あかざ)の原はふかぶかと見ゆ
・春疾風に働きし大工夕まけておのが北国の言葉つぶやく
・いづこにか祝福ありし川水の芥に覗くちごぐるまの朱
・青みぞれ窓に降りそむ人の世の木の偶像と静まりをれば
・月魄(つきしろ)の射すや裸木「死の蔭の谷」を祝へる人もあるらむ
・窓開けてもの狂ひゐる人の眼にお辞儀かへしてわれは来にけり
・ふとむなしきこころにて電話かけむとぞ人を選びしもそのままに止(や)む
・病む病まぬ富むと富まざる勝者また敗者の眼をもすでに見たりし
・人の癒しとはならざるわれを負ひゆかめ濁る朝波は踝(くるぶし)に寄る
・夜半さめてめがねかくれば冷たしもありのすさびの歌ならなくに
・雪のうへに投げたるパンに鳥くだる日すがら白き飢へはあたらし
・雪にして問責の声を聴きしかど帰りなんいざ歌の臥しどに
・責むるより讃へてをりて安けかる今日のこころの澄むべくは澄む
・烏瓜あかし論理にしづまりてゐる頤(おとがひ)はつみにとほきか
・理性と啓示あらそひたりし中世のこゑひくし異土の月壁に凭る
・ベッド暮れて速き脈動を病む夜半風の巡礼のこころ知るかと
・より多く女が怨むことはりをこたびも知らむ冬鳥奔(はし)る
・曙は水より薄き天の雲ふりさけてカインの悲(ひ)を継ぐや知らず
・ふりかへるみ墓の百合のなましろきこの世の花の反りなましろき
・この古き山上都市ペルージア<山の上の町は隠るることなし>と言ひしジーザス
・出窓に積む古びて厚き書の嵩をしぐれの雨に出でて思ひつ
・わが言葉のするどきを責むる人の言葉もするどしや野に入日落ちつも
・亡き後に恋しさおそふ人間のつみと臥しをり春吹雪せり
・秋の日の電車の床に恋びとのつなぐ手さやに映れるは孤よ
・過ぎむとしふいに振りむく猫の眼にわれかすかなる傷を負ふ
・長女(をさのめ)の胸にたくはふる確執に見下(おろ)すとても枯れつくすかほ
・我儘に生きて或ひは独(ひとり)なり愛する椅子にかぜを聴きゐつ
・はらわたのなき木木やさし振りむきて木女とこそはなりはつれとか
・生きる日をおもしろしとはまたおもふ離合尽くして白きタートル
・家の内にてひとみな劇を演じゐる同じきわれとかすかにわらふ
・母が裔われにて終るかすかなる黒点とこそ夕刃持ちたり